地球から2億2530万㌔も離れた火星で独りぼっちになった宇宙飛行士。
いかに生き延び、いかに帰還するのか。
究極のサバイバル・ストーリーをリドリー・スコット監督が骨太な人間ドラマに仕立て上げた。
外気温が氷点下55度、酸素がほぼゼロ、水もない。
そんな「不毛の赤い惑星」でNASA(米航空宇宙局)のクルーが探査中、大嵐に襲われる。
風速400㌔という想像を絶する強風を捉えた冒頭シーンが凄まじい。
行方不明になったワトニー飛行士(マット・デイモン)が死亡したと判断され、他のクルーが脱出し、帰路につく。
彼はしかし、生存していた。
取り残された男。
この展開は映画ではままある。
漂流や砂漠での流浪とも似通っている。
だが、地球外とあって、どう考えても絶望的な状況。
それだけに濃密な物語が生み出せる。
ワトニーは決して諦めない。
植物学者の知識を生かし、使える器材を最大限、利用する。
困難な事態を乗り越え、徐々に生活環境を整え、自給自足を完遂する過程が実に小気味よい。
プラス志向で楽観的という彼のキャラクターが単調な1人劇であることを忘れさせ、映画をぐいぐい牽引する。
ウィットに富んだ独白が潤滑油になっていた。
脇筋となるNASAの科学者と火星を離れた宇宙船のクルーの動きがスリリングに描かれる。
中でも女性指揮官のルイス船長(ジェシカ・チャニング)の決断と機敏さが光る。
彼女を浮遊しながら追うカメラワークが何ともしなやか。
スコット監督は時にはスペクタクル仕立てに、時には内省的にとメリハリの効いた演出を見せた。
細部にこだわった映像は時間を忘れさせる。
さすがだ。
ただ主人公を英雄に祭り上げたのがどうにも鼻につく。
ハリウッド映画の宿命と思えば、納得できるのだが……。
2時間22分。
★★★★(見逃せない)
☆2月5日から全国ロードショー
(日本経済新聞夕刊に2016年2月5日に掲載。許可のない転載は禁じます)