しがない脇役俳優を主役が演じる。
この設定だけで興味がそそられる。
不器用な男の恋の顛末。
ツボを押さえた演出が心地よい映像空間を作り出した。
非常に後味のいい娯楽作だ。
題名の男が主人公。
37歳、独身。
自主映画から時代劇、アクション大作と何でもこなす。
しかも役柄によってキャラクターをガラリと変える演技派だが、普段は全く覇気のない没個性派。
この男に扮した安田顕がいい味を出している。
本業も脇役で、映画、テレビ、舞台に引っ張りだこ。
そんな彼にぴったりな映画初主演となった。
劇中、亀岡は4本の映画と1つの舞台に出演する。
各作品のメーキングと舞台裏を垣間見られるのが面白い。
殺される役から入る冒頭に意表を突かれる。
映画監督役が染谷将太、新井浩文、大森立嗣(本物の監督)、そして故深作欣二監督を彷彿とさせる貫録十分な山﨑努。
大御所舞台女優役の三田佳子の怪演には目を見張らされた。
仕事中は没頭するが、終われば、これといって趣味もなく、相棒と酒に浸っている亀岡がロケ先の居酒屋で恋に落ちる。
相手は飾り気のない庶民的な女将。
どこか頼りなげで男心をくすぐる。
健全な色気をそこはかとなく放つ麻生久美子はまさに適役だった。
うぶな男と大人の女。
独特な緊張感が漂う中、2人の掛け合いが絶妙なおかしみと深い情感を生む。
亀岡の仕草と会話が何ともいじらしく、ますますこの男が愛おしく思えてくる。
原作は自ら劇団を主宰する作家、戌井昭人の同名小説。
それを横浜聡子監督が脚色し、つかみどころのない男の魅力を巧みに引き出した。
演出は遊び心に溢れ、冴えている。
業界モノの映画でかくも愉快な作品を観たことがない。
ラストで見せた主人公の本物の映画愛が心に染み入った。
2時間3分
★★★★(見逃せない)
☆1月30日(土)より、テアトル梅田/TOHOシネマズなんば/京都シネマ/シネ・リーブル神戸にてロードショー!
(日本経済新聞夕刊に2016年1月29日に掲載。許可のない転載は禁じます)