5年前、56歳で世を去ったIT業界のカリスマ的人物を対話劇という斬新な切り口で捉えた。
関係者や家族と本音をぶつけ合う緊迫した場面に目が釘付けになる。
ダニー・ボイル監督の濃厚な演出は健在だった。
1984年のMacintosh、88年のNext Cube、98年のiMac。
ジョブズ(マイケル・ファスビンダー)が開発した3つのパソコンの発表会に焦点を当てた3幕構成。
開始40分前の裏舞台をあぶり出すのだから、興味を抱かないはずがない。
会場を仕切るジョブズのエネルギッシュなオーラと複雑な性格に圧倒される。
奇抜な発想力と並はずれた行動力。
妥協を一切許さず、部下に高い要求を突きつける。
確かに眩いばかりの魅力を放っているが、独善的なのがそら恐ろしい。
そんな彼が元恋人との間に生まれた娘リサと対面すると、接し方がわからず、動揺する。
意外なほど不器用な姿が容赦なく映し出される。
この娘との確執が映画のスパイスになっていた。
もう1人のキーパーソンが女性スタッフのジョアンナ(ケイト・ウィンスレット)。
常にジョブズに寄り添い、助言を与え続ける。
裏方に徹する態度は女房役そのもの。
地味ながらも存在感を際立たせたウィンスレットの演技は称賛に値する。
アップル社の共同創業者スティーブ・ウォズニアック(セス・ローゲン)、ジョブズを退社に追いやったCEOジョン・スカリー(ジェフ・ダニエルズ)……。
重要な人物との絡みが物語に独特な彩りを添える。
全編、会話の応酬とあって、まさに言葉の洪水。
字幕では追いつかない場面が多々あった。
それでも慌ただしい状況下、こんな手法で1人の男を丸裸にしてしまうなんてすごい演出だ。
立ち位置が異なる29歳、33歳、43歳のジョブズ。
遊離していた才能と人間性が年と共に接近していくところに安堵感を覚えた。
2時間2分
★★★★(見逃せない)
☆2月12日(金)TOHOシネマズ 梅田他全国ロードショー
(日本経済新聞夕刊に2016年2月12日に掲載。許可のない転載は禁じます)