武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

なぜ偽装人生を?~アイルランド映画『アルバート氏の人生』

投稿日:2013年1月12日 更新日:

こんな生き方もあるんですね。

 

ぼくにはとてもできませんが……。

 

過酷な時代を生き抜く処世術でしょうか。

 

素晴らしい人間ドラマでした。

 

     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

(C)Morrison Films

自分を偽り、仮面を被って別の人物になりすます。

 

何と苦しい生き方。

 

そこからいかに脱却し、アイデンティティ(自己存在)を獲得するか。

 

そのひたむきな姿を、予期せぬ変化球で斬った人間ドラマである。

 

タキシードに身を包み、てきぱきと、それでいて余裕綽々と食事を運ぶ。

 

一切、感情は出さない。

 

アイルランド・ダブリンのホテルに勤めるアルバート・ノッブスは非の打ち所のないベテランj給仕だ。

 

ただ、どこか尋常ではない。

 

他の従業員と距離を置き、常に自分の殻に閉じこもっている。

 

何かを恐れているようにも見え、独特な〈オーラ〉を全身から放つ。

 

コロンビア人のロドリゴ・ガルシア監督は、主人公を覆う謎のベールを巧みに剥がし取る。

 

それも興味本位ではなく、そっと寄り添うように。

 

ノッブスの秘密が明るみになるや、疑問符が頭の中にいくつも浮かんだ。

 

なぜ虚構の世界でしか生きられないのか。

 

瞳に哀しみを湛えているのに、なぜ揺るぎない自信を覗かせるのか。

 

時代は19世紀末。

 

全土に貧困がはびこり、職を失えば、物乞いするしかない。

 

容赦のない過酷な社会。

 

それが弱者を追い詰める。

 

そんな状況でも、いやそうだからこそ確固たる信念を持つ人間は強い。

 

どんな辛苦でも耐えられるから。

 

その象徴がノッブスなのだ。

 

主人公に生きるヒントと勇気を与えた大柄なペンキ屋ヒューバート(ジャネット・マクティア)の存在が際立つ。

 

太っ腹で鷹揚な性格。

 

グイグイ惹きつけられた。

 

他の登場人物の描写も申し分ない。

 

この物語を舞台で演じたアメリカの名女優グレン・クローズが30年かけてようやく映画化にこぎつけた。

 

製作、脚本も手がけ、まさに渾身の1作だ。

 

彼女の一世一代の演技は圧巻のひと言に尽きる。

 

1時間53分

 

★★★★(見逃せない)

 

1月18日(金)大阪ステーションシティシネマ にて公開

  2月2日(土) 京都シネマ、元町映画館 にて公開

 

(日本経済新聞2013年1月11日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

 

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プロフィール

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武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。