今、公開中の日本映画『クヒオ大佐』はちょっと拾いモノでした。映画エッセーをどうぞ。
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人を騙すのは良くないことだが、詐欺師がいかにして善意の人間を欺き、その人がなぜ嵌められるのか、そこのところが非常に気になる。だから詐欺師を描いたドラマが数多く作られるのだろう。
この映画もそう。しかし実話と知って、驚いた。こんな人物が本当に実在したのかと……。
結婚詐欺を働くクヒオ大佐(堺雅人)は、どうみても胡散臭い。父がハワイのカメハメハ大王の末裔、母が英国のエリザベス女王の親戚という自称、米軍特殊部隊のパイロット。
常に制服姿で現れ、笑みを絶やさず流暢な日本語で専門用語を連発し、武勇伝を語る。
れっきとした日本人。英語を操れないのに、難役の米国人になりきる、その「クヒオ」を増幅すればするほど、ウソっぽさが見えてくる。でも本人は気づかない。そこがこの映画の笑いのツボだ。
米軍人であることをことさら印象づけるため、電話をかける際、必ず英語の無線交信の録音テープを流す。何と姑息な手段。というか滑稽すぎる。
女性を手玉に取ろうと奮闘するこの憐れな男を、つけ鼻をした堺が飄然と演じ切った。観る者に嫌悪感を与えず、愚かしさをじんわりと醸し出していた。笑顔がいい。まさに適役だ。
痛々しいほどの純愛に走る弁当屋経営者のしのぶ(松雪泰子)、好奇心旺盛な博物館学芸員の春(満島ひかり)、したたかなクラブのホステス未知子(中村優子)。
クヒオと関わる3人の女性が、恋愛というテーマを引き出し、単に詐欺師の物語に終わらせなかった。曲者的なしのぶの弟(新井浩文)の存在が俄然、光っていた。
少年期の辛い体験がトラウマになり、妄想の世界へと逃げ込んだ男。そのように主人公をとらえ、ゆめゆめ悪人に仕立てなかった吉田大八監督の懐の深い演出が気に入った。1間53分。★★★★
(日本経済新聞2009年10月9日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)
稀代の結婚詐欺師、『クヒオ大佐』~
投稿日:2009年10月14日 更新日:
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