武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

稀代の結婚詐欺師、『クヒオ大佐』~

投稿日:2009年10月14日 更新日:

クヒオ
今、公開中の日本映画『クヒオ大佐』はちょっと拾いモノでした。映画エッセーをどうぞ。
 *     *     *     *     *     *
人を騙すのは良くないことだが、詐欺師がいかにして善意の人間を欺き、その人がなぜ嵌められるのか、そこのところが非常に気になる。だから詐欺師を描いたドラマが数多く作られるのだろう。
この映画もそう。しかし実話と知って、驚いた。こんな人物が本当に実在したのかと……。
結婚詐欺を働くクヒオ大佐(堺雅人)は、どうみても胡散臭い。父がハワイのカメハメハ大王の末裔、母が英国のエリザベス女王の親戚という自称、米軍特殊部隊のパイロット。
常に制服姿で現れ、笑みを絶やさず流暢な日本語で専門用語を連発し、武勇伝を語る。
れっきとした日本人。英語を操れないのに、難役の米国人になりきる、その「クヒオ」を増幅すればするほど、ウソっぽさが見えてくる。でも本人は気づかない。そこがこの映画の笑いのツボだ。
米軍人であることをことさら印象づけるため、電話をかける際、必ず英語の無線交信の録音テープを流す。何と姑息な手段。というか滑稽すぎる。
女性を手玉に取ろうと奮闘するこの憐れな男を、つけ鼻をした堺が飄然と演じ切った。観る者に嫌悪感を与えず、愚かしさをじんわりと醸し出していた。笑顔がいい。まさに適役だ。
痛々しいほどの純愛に走る弁当屋経営者のしのぶ(松雪泰子)、好奇心旺盛な博物館学芸員の春(満島ひかり)、したたかなクラブのホステス未知子(中村優子)。
クヒオと関わる3人の女性が、恋愛というテーマを引き出し、単に詐欺師の物語に終わらせなかった。曲者的なしのぶの弟(新井浩文)の存在が俄然、光っていた。
少年期の辛い体験がトラウマになり、妄想の世界へと逃げ込んだ男。そのように主人公をとらえ、ゆめゆめ悪人に仕立てなかった吉田大八監督の懐の深い演出が気に入った。1間53分。★★★★
(日本経済新聞2009年10月9日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

-映画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

13年間続けてきた日経新聞の「シネマ万華鏡」……終焉と相成りました

13年間続けてきた日経新聞の「シネマ万華鏡」……終焉と相成りました

昨日、アップした日経新聞の「シネマ万華鏡」の拙稿。 金曜日夕刊の文化面で月に2度、映画の原稿を寄稿していましたが、昨日をもって「上がり」となりました。 2006年からなので、13年間も続けてきたことに …

心地よい奇妙な出会い~日本映画『キツツキと雨』

心地よい奇妙な出会い~日本映画『キツツキと雨』

役所広司、大好きな俳優のひとりです。 ぼくより2つ年下。 なぜか親近感が湧きます。 この『キツツキと雨』では、彼しかできない演技を見せていますよ!      ☆     ☆     ☆     ☆   …

大阪アジアン映画祭2011~5日から開幕!

大阪アジアン映画祭2011~5日から開幕!

きょうから3月。 春の足音がどこからともなく聞こえてきますね。 この時期、恒例のイベント『大阪アジアン映画祭2011』が5日から開幕します。 アジア各国から出品される映画の一挙上映~! 見応えのある作 …

他人事ではない……社会を直視する『日本の悲劇』

他人事ではない……社会を直視する『日本の悲劇』

この映画、1人でも多くの人に観てもらいたいです。 今日から封切られます。      ☆     ☆     ☆     ☆     ☆ 父親の死を隠し、娘が年金を生活の拠り所にしていた。 世間をあっと …

シーリズ第24作~『007 スペクター』

シーリズ第24作~『007 スペクター』

「007」のブランド力は強烈だ。   53年間も続いてきたシリーズなのに、24作目の本作が封切られるや、気分が高揚する。   6代目ジェームズ・ボンドのダニエル・クレイグも4度目と …

プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。