この映画、1人でも多くの人に観てもらいたいです。
今日から封切られます。
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父親の死を隠し、娘が年金を生活の拠り所にしていた。
世間をあっと驚かせた年金不正受給事件を基に日本の悲しい現実をあぶり出す。
平穏な家庭が負の連鎖によってあっけなく崩壊する様子に戦慄が走った。
監督は、現代の日本社会を真正面から見据える小林政広。
ワンシーン・ワンカットの長回しと静謐なモノクロ映像で、ある家族の重大な局面を切り取った。
元大工の年老いた父親(仲代達矢)が息子(北村一輝)に付き添われ、病院から帰宅する。
父親は肺がんで余命3か月。
奥の部屋に母親(大森暁美)の遺影が飾ってある。
この日が命日だった。
息子は口を開く度に頑固一徹な父親にことごとく反発され、投げやりになる。
父子の間に漂う刺々しい空気。
そのうち息子の厳しい境遇が浮き彫りされてくる。
リストラ、心の病、妻子との離縁、父親の年金を頼りに職探しの日々……。
あゝ、ここまで不幸が重なるとは。
かつては愛妻(寺島しのぶ)を伴って初孫を両親に見せに来た時もあった。
あの父親が終始、ご機嫌。
眩いばかりのカラー映像で再現されるその幸せな光景には泣かされた。
なぜかくも悲惨な状況に陥ったのか。手立てはなかったのか。
ひと昔前なら、隣近所が放っておかなかったはず。
閉塞感と孤立感が際立つ無縁社会。
その行き着く先に壮絶なクライマックスが用意されている。
基本的には父と息子の2人劇。
娯楽色とは無縁の地味な作品で、息苦しい世界が描かれている。
それでも引き込まれ、観ておくべき映画だと思った。
なぜなら、誰もがいつこうなるかわからない不透明な時代に生きているのだから。
各場面の重みが、小林監督の透徹した眼差しを介してズシリと伝わってくる。
父親の決死の覚悟。
息子への愛の深さにまた涙した。
1時間41分
★★★★(見逃せない)
☆7日から大阪・十三の第七藝術劇場、九条のシネ・ヌーヴォで公開
(日本経済新聞2013年9月6日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)