何が彼をそうさせたか――。
戦前の名作映画『何が彼女をそうさせたか』(1930年、帝キネ)をもじったわけではありません。
彼が執筆した『命の嘆願書 モンゴル・シベリア抑留日本人の知られざる物語を追って』(集広舎)を手にしたとき、素直にそう思ったのです。
1295ページもある、広辞苑並みの厚さと重さのハードカバー(上製本)。
しかも昔の小説のように、2段組み!
文字数が135万字というから、通常の本なら10冊分に当たります。
何や! これは!!
☆ ☆ ☆ ☆
彼とは、古巣新聞社(読売新聞大阪本社)の同期、井手裕彦さん。
現役時代、井手さんは社会部畑で、ぼくとは一緒に仕事をしたことは一度もなかったけれど、同期会(飲み会)では、どういうわけか2次会で互いにほろ酔い気分になって喋り込んでいることが多々ありました。
彼が編集委員になったころから、よく耳にしたのが「シベリア抑留問題」でした。
3年前、定年退職の細やかな慰労会+送別会をさしでしたときも、口を尖らせてこのことを喋っていました。
それが、こんな形で結実させたとは……、恐れ入った!!!
日本の敗戦後、スターリン指導下の旧ソ連によって国内全域とモンゴルに日本兵や民間人ら57万5千人が抑留され、そのうち5万5千人が死亡したとされています。
えっ、ソ連の衛星国モンゴルも抑留地だったとは……、知らなんだ。
こんなふうに、理不尽この上ない抑留問題には非常に強い関心があるのに、その実態については情けないほど何も知りません。
本書はまさにシベリア・モンゴル抑留を総括した大記録です。
これまで類書がいろいろ出回っていたと思いますが、過去最大+最長の書籍だそうです。
新聞記者の晩年にこの問題に興味を持った井手さんが、大阪を離れ、静かなる地で、再取材と執筆に没頭し、3年がかりで書き上げたのです。
まさか、このために引っ越ししたとは、そしてこのことだけにエネルギーを注ぎ込んでいたとは……。
ご立派! おめでとう!
心より祝福します!!!
せめて、「上」「中」「下」と分かれていたら、手に取りやすいのですが、質量感満点の本書がドカーンと机の上にあると、はてどこからページを繰ろうか迷ってしまいます。
とりあえず「序」から目を通していくと、取材の困難さが手に取るようにわかりました。
何度もモンゴルやロシアへ訪れていたんですね。
記者魂を胸に抱き、自分の足をフルに活用し、「負の歴史」に容赦なくメスを入れています。
砂漠で1本の針を探し出すような作業で遺族を捜し出し、ロシアやモンゴルから貴重な記録を持ち帰ってきました。
すごい行動力+取材力+交渉力です。
再び、何が彼をそうさせたか――。
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抑留問題の中で、同胞の命の保証を求めて相手国政府に対して、身を挺して「嘆願書」を送り続けていた3人の日本人抑留者にターゲットを絞っています。
こんな人たちが居られたとは、これまた知らなかった。
しかしそれだけでは終わらず、日本政府が入手していない死亡記録、現地での秘められた出来事の数々、女性の抑留者もいたこと、ドイツ兵やイタリア兵との比較……。
これまで公表されなかった巻末の死亡者リスト(283人)は圧巻です!!
1ページ繰るのが重たい。
それほどまでに濃密な取材原稿です。
あまりにも膨大な量なので、本書の全容を読み解くには、それこそ膨大な時間を要するでしょう。
だから、ぼくは関心のある項目をピックアップすることにしました。
映画好きのぼくが関心を抱いたのが、昨年暮れに公開された二宮和也主演の映画『ラーゲリから愛を込めて』との関係でした。
井手さんは、主人公の山本幡男さんの御遺族にもじっくり取材し、原作者(辺見じゅん)が劇的効果を狙って「改ざん」していたことも突き止めています。
「へーっ、そうやったんか」「なるほど」……。
驚きの連続でした。
実は1か月ほど前、井手さんから電話があり、この本の上梓について聞かされました。
「57万5000人通りのドラマがあり、死亡の経緯があるんです。その真実に迫りたいんや。この事実を置き去りにはできなかったです」
使命感やな、これぞライフワーク。
すごい仕事をやり遂げたね、Good Job!!
繰り返しになりますが、本書をすべて読み解けないので、この程度のことしか書けません。
でも、関係者はもとより、この問題に関心を抱いている人にはぜひ目を通していただきたいと切に願っています。
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定価は、本体8,800円+税。
ですが、著者割引で「8,000円」で購入できるそうです。
まず、井手さんの携帯番号(090-2705-9901)か、メールアドレス(idei5487@outlook.jp)に送付先を連絡していただいた上で、振込手数料を差し引いた金額を、以下の口座に振り込んでほしいとのこと。
三井住友銀行南森町支店(店番号129)
普通預金 1511305
名義 イデヒロヒコ