武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

リアルさを追求した異色スパイ映画~『裏切りのサーカス』

投稿日:2012年4月21日 更新日:

めちゃめちゃ渋い映画が、きょうから公開されています。
『裏切りのサーカス』
     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
『裏切りのサーカス』メイン(小)
単なるスパイ映画ではない。
諜報員の実像に肉迫する。
娯楽色とアクションを一切廃し、孤愁が漂う男の世界に引きずり込む。
スゥーデン人のトーマス・アルフレッドソン監督が重厚な作風で見せ切った。
原作は英国ミステリー界の重鎮ジョン・ル・カレの代表作『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(1974年)。
ル・カレ自身が製作総指揮を務める。
冷戦下の70年代前半、「サーカス」と呼ばれる英国諜報部の幹部4人の中にソ連の二重スパイがいるとの情報。
裏切り者は誰か。
引退した初老の諜報員スマイリー(ゲイリー・オールドマン)がその正体を探る。
非常に興味をそそられる内容だ。
そこに陰謀や罠が張りめぐらされる。
しかも工作員のエピソードが次々と映され、複雑な様相を呈する。
漫然と見ていると、混乱するかもしれない。
この重層的なプロセスこそが映画の核。
新兵器もカーチェイスも出てこない。
淡々と、それでいて濃厚に搾り出すようにドラマが結末へと向かう。
全編を通じて陰鬱、かつ静謐な映像。
従来のスパイ映画、とりわけ007とは対極にある。
当然、スマイリーはジェームズ・ボンドのようにカッコよくはない。
冴えないと言おうか、内向的で地味な人物。
その主人公に扮したオールドマンの抑制の効いたいぶし銀の演技。
うならされた。
幹部のリーダー、コントロール(ジョン・ハート)、尊大なヘイドン(コリン・ファース)……。
登場人物の描き方も押しつけがましくなく、ごく普通の組織人に見える。
ソ連の大物スパイの存在が不気味だ。
簡素な事務机が並ぶ諜報部のオフィス、遊び半分でソ連国歌を合唱するパーティーなど意外な情景が随所に現れる。
とことん追求するリアルな世界。
それに気分よく酔わされた。
渋い。
2時間8分
★★★★
☆21日から大阪ステーションシネマほかで公開
(日本経済新聞2012年4月20日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

-映画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

サンティアゴ巡礼の道を歩く~映画『星の旅人たち』

サンティアゴ巡礼の道を歩く~映画『星の旅人たち』

サンティアゴ巡礼--。 なんとなくロマンをかき立てられますね。 この巡礼の道を舞台にした映画『星の旅人たち』がきょうから公開されています。      ☆    ☆    ☆    ☆    ☆     …

エストニアの〈冬の時代〉……『こころに剣士を』

エストニアの〈冬の時代〉……『こころに剣士を』

10年以上にわたり日本経済新聞の金曜夕刊で毎月2回、「シネマ万華鏡」(映画評?)を担当しています。   今年最後の作品はバルト3国のひとつエストニアを舞台にした『こころに剣士を』。 &nbs …

阪本順治監督、入魂の一作~『半世界』(15日から公開)

阪本順治監督、入魂の一作~『半世界』(15日から公開)

40歳にして迷わず。 「不惑」を目前にした3人の男がこれからどんな人生を折り返すのか。 幅広いテーマを題材にしてきた阪本順治監督の最新作は、地方の小さな町を舞台にした珠玉の人間ドラマである。 ©201 …

5月22日、京都おもちゃ映画ミュージアムで凄いイベントがあります~!

5月22日、京都おもちゃ映画ミュージアムで凄いイベントがあります~!

またまた、映画絡みの告知です。 映画・映像文化をいろんな形で発信している京都おもちゃ映画ミュージアム。 7周年を迎え、特別企画『日本に映画を持ち込んだ男たち~荒木和一、稲畑勝太郎、河浦謙一~』が5月2 …

最新刊『ウイスキー アンド シネマ 2 心も酔わせる名優たち』(淡交社)の発刊記念イベント、盛り上がりました~(^_-)-☆

最新刊『ウイスキー アンド シネマ 2 心も酔わせる名優たち』(淡交社)の発刊記念イベント、盛り上がりました~(^_-)-☆

昨日、大阪・谷町六丁目の隆祥館書店で、新刊『ウイスキー アンド シネマ 2 心も酔わせる名優たち』(淡交社)の発刊記念イベントが開催されました。 会場がびっしり埋まり、熱気ムンムンの中で、映画とウイス …

プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。