めちゃめちゃ渋い映画が、きょうから公開されています。
『裏切りのサーカス』
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
単なるスパイ映画ではない。
諜報員の実像に肉迫する。
娯楽色とアクションを一切廃し、孤愁が漂う男の世界に引きずり込む。
スゥーデン人のトーマス・アルフレッドソン監督が重厚な作風で見せ切った。
原作は英国ミステリー界の重鎮ジョン・ル・カレの代表作『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(1974年)。
ル・カレ自身が製作総指揮を務める。
冷戦下の70年代前半、「サーカス」と呼ばれる英国諜報部の幹部4人の中にソ連の二重スパイがいるとの情報。
裏切り者は誰か。
引退した初老の諜報員スマイリー(ゲイリー・オールドマン)がその正体を探る。
非常に興味をそそられる内容だ。
そこに陰謀や罠が張りめぐらされる。
しかも工作員のエピソードが次々と映され、複雑な様相を呈する。
漫然と見ていると、混乱するかもしれない。
この重層的なプロセスこそが映画の核。
新兵器もカーチェイスも出てこない。
淡々と、それでいて濃厚に搾り出すようにドラマが結末へと向かう。
全編を通じて陰鬱、かつ静謐な映像。
従来のスパイ映画、とりわけ007とは対極にある。
当然、スマイリーはジェームズ・ボンドのようにカッコよくはない。
冴えないと言おうか、内向的で地味な人物。
その主人公に扮したオールドマンの抑制の効いたいぶし銀の演技。
うならされた。
幹部のリーダー、コントロール(ジョン・ハート)、尊大なヘイドン(コリン・ファース)……。
登場人物の描き方も押しつけがましくなく、ごく普通の組織人に見える。
ソ連の大物スパイの存在が不気味だ。
簡素な事務机が並ぶ諜報部のオフィス、遊び半分でソ連国歌を合唱するパーティーなど意外な情景が随所に現れる。
とことん追求するリアルな世界。
それに気分よく酔わされた。
渋い。
2時間8分
★★★★
☆21日から大阪ステーションシネマほかで公開
(日本経済新聞2012年4月20日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)
リアルさを追求した異色スパイ映画~『裏切りのサーカス』
投稿日:2012年4月21日 更新日:
執筆者:admin