10年以上にわたり日本経済新聞の金曜夕刊で毎月2回、「シネマ万華鏡」(映画評?)を担当しています。
今年最後の作品はバルト3国のひとつエストニアを舞台にした『こころに剣士を』。
7年前、この国にケルト十字架があることを知り、それを確認するために訪れました。
場所は同国西部のヴォルムシィ島。
島に渡ると、教会のそばの林の中にケルト十字架が林立していました!
そのとき滞在したのがハープサルという海辺の保養地でした。
ここに入植した スウェーデン人の家屋も点在しています。
このハープサルが映画の舞台です。
瀟洒な町で、バルト海からそよぐ潮風がとても心地よかったです。
チャイコフスキーも保養のために訪れ、この偉大な作曲家が坐ったベンチがありました。
映画の中で重要な意味を持つ小ぎれいな駅舎は、鉄道博物館になっていました。
現在、エストニアは実に穏やかで、平和そのものですが、ソ連邦に属していた1950年代は陰鬱な空気に支配されていました。
本作は、そのときに起きた出来事を映画化したものです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
フェンシングに打ち込む児童と教師の交流。
といっても、爽やかなスポ根の学園ドラマではない。
バルト三国の1つエストニアのソ連時代での実話。
抑圧的な空気が充満する中、勇気ある決断が描かれる。
スターリン指導下の1950年代初頭、有名なフェンシング選手、エンデルが田舎町の小学校に体育教師として赴任する。
教え子と溶け込まず、常に孤独。
しかも何かに怯えている。
エストニアは戦前、ソ連の支配下に置かれ、第2次大戦直後にナチス・ドイツに占領され、大戦末期から再びソ連領になった。
独立は91年。大国に翻弄される小国の悲哀……。
エストニア人の彼は大戦中、ドイツ軍に徴兵されたことで、ソ連の秘密警察から追われていたのである。
当時、反ソ的・新欧米寄りの者、過去にドイツと関わった者は逮捕され、シベリアに送られていた。
非常に鬱屈した状況。
東独の諜報員の素顔に迫った『善き人のためのソナタ』(06年)と同様、この時代、ソ連主導下にあった国はどこも同じだった。
映画に通底する静謐なトーンがそれを如実に反映している。
フェンシングは騎士道精神を集約させたスポーツ。
なのに、現体制には不適切と見なす校長の反対を押し切り、エンデルがフェンシングの課外授業を始めた。
見た目は平凡な男が剣を手にするや、一転、凛々しい姿に変身。
実にカッコいい。
普通ならここで特訓シーンが入る。
ところが前述の理由で父親不在の過酷な家庭環境が映し出される。
大人の男を恋しがる子供たちの主人公を見る目は熱い。
「核となるテーマは子供の人生における大人の役割」
全国大会への出場の場面で、クラウス・ハロ監督の思いが全て昇華される。
何よりも子供たちの気持ちを尊重したエンデルの行動に胸が打たれる。
彼は真の騎士になれたのだ。
1時間39分
★★★★(見逃せない)
☆24日(土)からテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、1月21日(土)から京都シネマで公開
(日本経済新聞夕刊に2016年12月16日に掲載。許可のない転載は禁じます)