春本番ですね。
花粉の飛散はイヤだけれど、この陽気、何とも心地よい。
旅と映画のエッセーです。
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「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」
60年前、NHKラジオドラマ『君の名は』で流れたこのフレーズが全国を席巻した。
それが3部作として映画化され(1953、54年)、大ヒットを記録。
超満員の映画館で銀幕に見入ったあの頃を懐かしんでいる人が多いだろう。
東京大空襲下の数寄屋橋で出会った真知子(岸恵子)と春樹(佐田啓二)。
2人は互いに名を明かさず、半年後の再会を約束して別れるが、運命に翻弄され、なかなか結ばれない……。
これぞ“すれ違いメロドラマ”の代表作!
佐渡、北海道に続き、長崎の雲仙でも撮影が行われた。
ぼくが生まれた年(54年)。
怪獣映画の草分け『ゴジラ』もそうだったなぁ。
そんなことを考えながら、熊本港からフェリーで島原半島へ渡った。
まだ記憶に新しい普賢岳の大噴火で生じた平成新山(1483㍍)が頂に傘雲を背負って、悠然とそびえている。
そのすそ野に広がる島原の街。
白亜の島原城天守閣に登って天草を望み、武家屋敷からアーケード街へと散策した。
落ち着いた風情。
湧き水があちこちにあり、水路に鯉が泳いでいる。
有明海を臨む公園で一休みしていると、「元気が出るよ」とお爺さんが缶コーヒーをくれた。
ねはん像への道を聞いたおばさんは「どうぞ遠慮なく」と車で送ってくれた。
温かい人情に心が和らぐ。
さぁ、雲仙へ。
標高約700㍍の高地にある温泉街は白い煙に包まれていた。
硫黄の匂いが鼻をつく。
水蒸気を噴き出す雲仙地獄に「真知子岩」という巨石があり、冒頭の文言が刻まれている。
温泉街のホテルで事務員として働いていた真知子がここで宿泊客の男性と話し合う場面が撮られた。
それを記念して命名。
中国人観光客が何やら不思議そうに岩を見つめている。
その横で神戸から来た林喜代子さん(79)が穏やかな眼差しを注いでいた。
「若いころ、自分が主人公になったつもりで映画を見ていました。薄幸の美人でしたね。岸さんと同い年なの」
『君の名は』のことを日本人観光客30人に聞いたら、40歳以下の人はほとんど知らなかった。
撮影場所にもなったホテルのスタッフも「映画、見ていません」。
時の移ろいを実感する。
島原へ戻ると、ガタンゴトンと音が聞こえてくる。
島原鉄道の黄色い列車だ。
街に溶け込んだ1両のディーゼル車にたまらなく旅情を感じた。
また来よう。
◎島原
温泉が湧く城下町。特産品は具雑煮、ガンバ(フグ)の湯引きなど。雲仙温泉へはバスで約40分。島原半島全域が世界ジオパーク(大地を知る野外博物館)に認定。
(読売新聞2012年4月10日朝刊『わいず倶楽部』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)
映画の地を訪ねて~長崎県島原・雲仙『君の名は』
投稿日:2012年4月19日 更新日:
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