武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

大阪 映画

まさに映画文化の記録! 写真集『昭和の映画絵看板 看板絵師たちのアートワーク』

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『昭和の映画絵看板 看板絵師たちのアートワーク』(発行:トゥーヴァージンズ、定価:本体2,700円+税)――。

このタイトルを目にしただけでゾクっときました。

映画愛好家、それも年配者にとっては「殺し文句」かもしれませんね。

「映画絵看板」「看板絵師」の文字が理屈抜きに心の琴線に触れるからです。

興味津々、ページを繰るや、映画館の正面に飾られた手描きの宣伝看板がつぎつぎに現れ、あっという間に忘我状態に陥りました。

それもぼくの生まれ育った大阪の、しかもなじみ深いミナミの映画館がほとんどで、気がつくと、懐かしの時代へとタイムスリップ状態に。

千日前のスバル座、東宝敷島、常盤座、千日前グランド、千日前セントラル、道頓堀の浪花座、松竹座、大阪東映劇場、髙島屋前の南街劇場……。

ほかに梅田のOS劇場、市岡セントラル、今里東宝なども。

戦後の1947年(昭和22年)から1987年(同62年)までの写真が300枚、掲載されています。

映画全盛期の昭和30年代はさすがに熱き息吹を感じさせますね。

まさに映画が「娯楽の王者」でした。

それにしても、消失した映画館のなんと多いこと!

ぼくはゴジラと同い年(1954年生まれ)なので、映画館でリアルタイムで観た記憶として頭に残っているのは1960年以降です。

以下の映画館で、つぎのような作品を観たのを覚えています。

それがちゃんと写真で確認できるのですから、たまりませんね。

古いところでは、浪花座で喜劇映画『番頭はんと丁稚どん』(1960年)、東宝敷島で怪獣映画『モスラ』(1961年)と『キングコング対ゴジラ』(1962年)、ディズニーアニメ『101匹わんちゃん大行進』(1962年)、スバル座で子ども向けのミュージカル『ドリトル先生不思議な旅』(1967年)……。

小学校2年のときに観た『キングコング対ゴジラ』のでっかい絵看板には驚かされました。

思春期になると、中学3年のときに愛の切なさを教えてくれたアラン・ドロン主演のフランス映画『個人教授』(1969年)、ラストで吹っ飛んだアメリカ・ニューシネマの名作『イージー・ライダー』(1970年)、映画に没頭していた大学時代の忘れられない一作『愛の嵐』(1975年)……。これらはみなスバル座です。

邦画は自宅からほど近い末吉橋にあった中央シネマ、洋画は上六(上本町六丁目)の映画館が定番でしたが、たまに少し遠出して映画を観るとなると、決まってミナミ。

それも洋画はもっぱら千日前のスバル座か道頓堀の松竹座でした。

これらは貴重な記録ですね!

心底、そう思いました。

映画が娯楽として、文化として庶民に定着していたその証しがここにきちんと残されています。

ひとり大阪だけのものではなく、ひろく日本における映画文化と世相の記録なんです。

監修の岡田秀則さんが言うてはりますが、映画館があまりにも身近な存在だったので、絵看板も日常の光景に埋没していたんですね。

だから当時は記録として留めておこうという意識がなかったのでしょう。

それだけに本書の意義はきわめて深いと思います。

なにせ一種のアーカイブですからね。

この本を企画しはったのが貴田奈津子さん(パリ在住)という方。

アーティストのエージェント業に携わってはります。

お爺さん(不二夫)の代からミナミ・道具屋筋近くの「不二工芸」で映画絵看板を制作していました。

看板が完成すると、映画館の前で写真に収めてはったんですね。

その数、1000枚! 

それもすべてネガ。

「このまま放置するのはもったいない」と貴田さんはそれらをスキャンし、選りすぐりの300枚が本書に掲載されたわけです。

貴田さんとは、彼女が帰国していた2019年2月にご縁ができました。

大阪市立中央図書館で開催された大阪市史編纂所セミナーのぼくの講演会『映画のはじまり、みな大阪』に来てくれはりまして、そのとき、ちょこっと絵看板のこと、写真のことを耳にしました。

それがこんな素敵な本になるとは、ホンマにうれしいです。

絵看板の数々に見とれながらゾクゾクしたのは、貴田さんのお父さん(明良)ら元映画看板絵師たちの対談です。

看板の作り方や苦労話はさることながら、それ以外の話がめちゃめちゃオモロイ! 

「アラン・ドロン、オードリー・ヘプバーン、エリザベス・テーラーは描きやすい。嫌いやったんは、山本富士子、高峰三枝子、岸恵子、田中絹代。日本人は特徴がないから、難しい」

「お客さんは99%、看板を見て入るんや」

「うまい下手より、まずは似てること!」

「看板絵の魅力はオリジナリティ。看板を見て、だれが描いたのかすぐわかる個性が好きです」

やっぱり、「好きの力」の為せる業なのでしょうね。

職人と芸術家――。

その双方を備えていないと、人に訴える絵看板を生み出せないのやなぁと思った次第。

本書は、お堅く言えば、「日本の映画文化に一条の光明を注いだ一冊」。

柔らかく言えば、「映画ファンの心をとろけさせる一冊」。

よくぞ本にまとめてくれはりました!

最後に……。

貴田さんは、本書に未掲載の写真をふくめた映画絵看板のアーカイブ化と閲覧可能なWebサイトの制作をめざし、クラウドファンディングを始められました。

ご関心のある方、ご協力のほどよろしくお願いします。

-大阪, 映画,

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武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。