☆プロローグ
映画の最高の名ゼリフですね。
ご存知、ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンが共演した『カサブランカ』(1942年)で、ボガートがシャンパンのコルドン・ヴェール・ドミ・セックを注いだグラスを手にして4回、このセリフを口にしました。
英語では「Here’s looking at you、kid ! 」。
直訳すれば「君を見ることに乾杯」という感じになりますが、字幕翻訳者の高瀬鎮夫さん(戸田奈津子さんの師匠格)がバーグマンの潤んだ瞳から、この字幕を思いついたそうです。
この作品に象徴されるように、映画とお酒は切っても切れない関係にあります。
☆007シリーズ
映画でお酒と言えば、真っ先に思い浮かぶのが007ことジェームズ・ボンド。
とりわけウォッカ・マティーニが有名ですね。
ダニエル・クレイグ主演のシリーズ21作目『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)でボンド・マティーニのレシピが明らかになりました。
ゴードンジン3、ウォッカ1、キナ・リレ2分の1、それをシェイク。
つまり純然たるウォッカ・マティーニではなかった!
そのカクテルにボンドは、恋人の名前「ヴェスパ(Vespa)」と名づけていました。
☆モルトが銀幕に映った最初の映画
007シリーズの6作目『女王陛下の007』(1969年)。
陰の薄いオーストラリア人俳優ジョージ・レーゼンビーがボンドに扮していました。
なかなか顔が浮かんでこないでしょう(笑)
キルトに身を包み、スコットランド貴族に変装したボンドが雪深いアルプス山中にある山荘(実は秘密組織のアジト)を訪れ、「シングルモルトを。氷はいらない」と給仕にさり気なく言っていました。
ロックグラスにストレート。
職務中とあってか、ボンドはいっさい口にしませんでしたが……。
これがぼくの知りうる限り、モルトウイスキーが初めてスクリーンに映ったシーンです。
1969年という時代を考えると、納得できませんか?
☆ウイスキーという言葉が初めて銀幕で使われた映画
アメリカ映画『アンナ・クリスティ』(1930年)。
サイレント時代、スウェーデンの大スター、グレタ・ガルボの主演作です。
彼女が渡米後にチャレンジしたトーキー第1作。
15年ぶりにNYで貨物船の船乗りをしている父親に会いに来た娘のアンナ(ガルボ)の物語。
父親は、娘が立派に育っているものと思いきや、実は彼女は娼婦だった。
冒頭、疲れ切った表情のアンナが港の酒場に入ってきます。
「Give me whisky with jinger ale」(ヴィスキーちょうだい。ジンジャーエールを添えて)
スウェーデン訛りで、ハスキーボイス。
初めてガルボが喋った!!
全世界のファンが固唾を呑んで聞いていたそうです。
その第一声がウイスキー!!
何のウイスキーかは不明です。
おそらくバーボンか?
それを彼女は一気に飲み、お代わりして、さらにグビリといく。
人生の疲れ、父親に会うための勇気付けか。
ともあれウイスキーにとって、記念すべき映画でした。
☆まがいモノのウイスキー
ウイスキーが出る映画でこんな面白い作品がありましたね。
まがい物のスコッチを作るジョン・フォード監督の『ミスタア・ロバーツ』(1955年)。
第二次大戦末期、アメリカ海軍のオンボロ補給船を舞台にしたコミカルな人間ドラマでした。
南洋の島に船が停泊。
要領のいいフランク少尉(ジャック・レモン)が島の基地いる彼女を船に招くことになりました。
「彼女が来たら、スコッチを飲ませ……」と悪巧み。
しかし、スコッチ・ウイスキーがない。
そこで、堅物のロバーツ大尉(ヘンリー・フォンダ)、船医の3人が医務室でまがい物のウイスキーを作るのです。
即席スコッチのレシピ:エチルアルコール、コーラ(適量)、ヨードチンキ(1滴)、ヘアトニック(少し)、それらをステアする。
「まろやかだ。女にはわからん」というフランクのセリフに笑わされました。
ぼくは実際に作って飲みました!!
はっきり言って、コーラ臭い飲み物でした。
とてもじゃないが、スコッチとは似ても似つかない代物。
☆シングルモルトが絶妙に映える映画
日本映画『大停電の夜に』(2005年)という作品がありました。
東京が大停電に見舞われたクリスマスイブの夜、ジャズバーを舞台に、12人の男女が織り成す群像ドラマです。
主演の豊川悦司が元ベーシストに扮してました。
宇津井健(81歳)ふんするおじいちゃんがよかったです。
和服、その上にちゃんちゃんこを羽織り、赤い襟巻き。
なかなかの紳士。
このおじいちゃんが、妻にかつての恋人のことを告白され、大ショック。
自暴自棄になり、どこかの車庫に止めてあった赤いムスタングを無断で拝借し、乗り回すのですよ。
この人、元自動車整備工だったので、キーがなくても簡単に動かせる。
運転中、街中でたまたま出産間際の女性を乗せ、病院で分娩に立会い、気分が一新。
そしてこのお店に立ち寄り、シングルモルトのお湯割りをオーダーします。
ボトルは判明できず。
でもお湯割がなんとも素敵でした。
ええ塩梅ですね。
この映画、ラストが秀逸!!!!
おじいちゃんが車庫にムスタングを返しに来ました。
赤い妖しい照明。
座席に1本のボトル(お礼とお詫びの印に)。
それをアップでとらえる。
バルヴェニーのダブルウッド12年。
バーボン樽で貯蔵後、シェリー樽で熟成させた、深みのある逸品。
独特な甘くまろやかな風味が、おじいちゃんのキャラとマッチ!
オシャレで、少年のようなやんちゃ心、優しさが一杯詰まったボトルでした。
☆マリリン・モンローに愛されたバーボン
ビリー・ワイルダー監督の『お熱いのがお好き』(Some Like it Hot)(1959年)。
稀代のコメディーです!
物語の時代は1920年代の禁酒法時代。
シカゴでギャングの抗争事件を目撃した2人のミュージシャン、ベーシストのジュリー(ジャック・レモン)とテナー・サックス奏者のジョー(トニー・カーチス)がギャングに追われ、女装して、女性楽団にもぐり込む。
そして夜行列車でフロリダへ遠征します。
そこでお色気ムンムンのシュガー(モンロー)に2人はノックダウン。
当時、モンローは33歳。
この2年後、死亡するんです。
夜行列車のシークエンスが最高でした!
呑み助のシュガーはトイレでバーボンを隠れ飲み。
寝台で寝ているジュリーの横にネグリジェ姿のシュガーがもぐり込み、「お酒を飲もうよ」。
下のベッドで寝ているジョーのカバンからバーボンのボトルを抜き取り、2人でちびちび。
そのうち他の楽団員がぞくぞくとやって来て、パーティ状態と化します。
突然、シュガーが「ヴェルモットある? マンハッタンを作るのよ」。
幸い、ヴェルモットはあったが、ミキシンググラスがない。
そこでゴム製の氷枕を使って混ぜる。
オチは、眠っているジョーを起こし、「チェリーある?」。
どこまで笑わせるねん(^o^)v
☆ウイスキーが似合う男、ポール・ニューマン 名脇役のJ.T.S.ブラウン !
ポール・ニューマンの出世作といえば、『ハスラー』(1961年)です。
ニューマン扮するエディは生意気なプロの玉突き師。
それもハスラーだ。
ハスラーとは、素人のフリをして素人をカモにするペテン師ギャンブラーのことです。
お気に入りのウイスキーが、バーボンのJ.T.S.ブラウン。
きわどい世界で生きるエディにはふさわしくないお酒ですが、刺々しい心を癒すには、こんなライトタイプのウイスキーが必要だったのかも。
前半の山場が、ビリヤードの名人ミネソタ・ファッツ(ジャッキー・グリーソン)と大金をかけての対決!
映画ファンには語り草になっている名シーンです。
8時間経過……。
ファッツが気合を入れるため、ウイスキーをオーダーします。
それが引っかけでした。
エディはすかさず、「オレはJ.T.S.ブラウンだ。氷もグラスもいらん」。
平べったいポケットサイズのボトルをぐい飲み。
それを何本も空ける。
めちゃカッコいい!
「ここからがオレのゲームだ」
しかし強気の言葉とは裏腹に、集中力に欠け、足もともふらつき、惨敗。
術中にはまったエディ。
これをバネにして、彼は生まれ変わる。
素敵な彼女との出会いもJ.T.S.ブラウンを介してめぐり合えた。
その意味で、エディには計り知れないほど価値あるお酒でした。
ニューマンは、『赤いトタン屋根の猫』(58年)、『スティング』(73年)、裁判ドラマ『評決』(82年)などで飲んだくれに扮し、アカデミー主演男優賞に何度もノミネートされたが、受賞に至りませんでした。
それが『ハスラー』の25年後に製作された『ハスラー2』(86年)で、ようやくオスカーをゲット!
エディはビリヤードから足を洗い、まがい物のワイルド・ターキーを売る歩く50代のしがないセールスマンになっていました。
偶然、出会った生意気なハスラーの青年(トム・クルーズ)を見て、かつての自分を重ね合わせ、ハスラーのノウハウを伝授。
最後には2人がガチンコで勝負。
エディは酒を断っており、ほんの少しだけ、J.T.S.ブラウンをすすっていました。
いわば酒と縁のないシブい演技でニューマンは念願のオスカーを初受賞したのです。
まぁ、人生こんなもんです(^o^)v
☆合言葉は「Whisky」
南米のウルグアイ映画『ウイスキー』(2004年)。
そのものズバリのタイトル!
南米とウイスキー??
ピンとこない。
どんなウイスキーが出るのか気になりました。
ところが、お酒と全然、関係のないドラマでした。
下町のさびれた靴下工場を営む無口な独身中年男。
そこにブラジルで同じ靴下工場を経営し、大成功している弟が来ることになりました。
こんなしょぼい暮らしぶりを弟に見せられない。
そう思った兄は、従業員の女性と偽装結婚し、幸せな家庭を築いていると見栄を張るのです。
ウイスキーが映るのは1回のみ。
主人公がカジノで大金を稼ぎに行く前、気付けにホテルのバーでウイスキーの水割りかハイボールを飲むシーン。
ボトルは映らず。
どうして「ウイスキー」をタイトルにしたのか?
記念写真を撮るとき、みんな「ウイスキー」と言っていたからです。
日本なら「チーズ」、韓国なら「キムチ」、メキシコなら「テキーラ」。
南米では「ウイスキー」!!
「キー」のところで口が横に広がり、自然と笑みになるんですよ。
「ウイスキー」は幸せの合言葉!!
これから写真を撮るとき、「チーズ」ではなく、「ウイスキー」と言いましょう!!
☆ぼくの人生を変えたグレンフィディック
32歳のとき、偶然、シングルモルト・ウイスキーのグレンフィディックと出会いました。
当時は「幻のウイスキー」といった感じです。
それが機となり、スコットランドに関心を持ちました。
現地の蒸留所を巡り、帰国後、スコットランドの歴史を調べ、そして「ケルト」の世界を知ったのです。
ぼくのライフワークになった「ケルト」。
気がつけば、「ケルト」紀行シリーズ全10巻を上梓していました。
1杯のウイスキーによってぼくの人生が変わった。
たかがウイスキー、されどウイスキー。
ほんま、そう思いましたよ。
最後にPR。
映画と洋酒の関係を総括した拙著『シネマティーニ』をサイン付きで販売しています。
随分前に出した本ですが、中身は普遍的ですから。
(あっと言う間に完売しました!! ありがたい)
ということで、チャン、チャン~(^o^)v