ダイナミックな黒澤明監督に比べ、どこか陰の薄い木下惠介監督ですが、なかなかどうして見ごたえのある骨太な作品を多々撮っています。
その木下映画のルーツを描いた作品です。
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「二十四の瞳」「喜びも悲しみも幾歳月」……。
日本映画の黄金期を築いた木下惠介監督(1912~98年)の原点を垣間見た。
戦時中、監督自身が体験した忘れ得ぬ出来事を母子愛の物語として再現。
静謐な映像の中に熱い映画人魂を匂い立たせた。
本作は巨匠の生誕100年記念作品。
アニメーション映画の実力派、原恵一監督が初めて実写に挑んだ。
戦争末期、新鋭監督の木下(加瀬亮)は映画会社を辞め、郷里の浜松に戻っていた。
映画界と絶縁すべく、病床の母親(田中裕子)の介護に尽くす。
やがて戦局の悪化で、疎開を決意。
母親を乗せたリヤカーを本人と兄(ユースケ・サンタマリア)が引っ張り、便利屋の男(濱田岳)を伴って山里へ向かう。
17時間にも及ぶ60㌔の山越え。
急な坂道の上、雨にも打たれる過酷な道中を克明に追う。
一種のロードムービーだ。
その中で監督業を辞した理由が回想形式で綴られる。
国策映画「陸軍」(1944年)が情緒的だと軍部に批判され、次回作を撮れなくなり、製作意欲を喪失していたからだ。
実はしかし、映画に未練たっぷりで、心の迷いを覗かせるところが本作の焦点となる。
その心情を加瀬がやけに硬直化した態度で巧みに表現していた。
無骨さも際立たせ、木下が何者であるのか知らないお調子者の便利屋とのやり取りが後になってじんわりと効いてくる。
シンプルなドラマをオーソドックスに演出。
そこに木下の母に対する孝行心が濃厚に映し出される。
会話が少ない分、セリフの重みが増す。
子を気遣う母の姿も胸に染み入る。
旅館を営む一家とのふれ合いは清涼剤のようだった。
人間を直視し、反戦と人道主義に根付いた木下映画のベースはこの時に生まれたに違いない。
まさに人生を変えたひと時。
観させる。
1時間36分
★★★★(見逃せない)
☆6月1日(土)全国ロードショー
(日本経済新聞2013年5月31日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)