武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

園子温監督の青春譚~『ヒミズ』

投稿日:2012年1月16日 更新日:

公開初日から、若者を中心に結構、入っているらしいです。
賛否両論あるそうですが、そんなこと関係なく、とにかく観てください。
そして自分なりに感ずるまま受け止めてほしいと思っています。
     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
『ヒミズ』メイン【小】
ⓒ2011『ヒミズ』フィルムパートナーズ
今、最も注目されている映画人、園子温監督が青春ドラマを撮った。
性や暴力を濃厚に表現してきた人が、本作では一転、東日本大震災と向き合い、言い知れぬ不安感を抱く若者像を鮮烈に映像に焼き付けた。
漫画家、古谷実の同名人気コミックの映画化。
オリジナル作を手がけてきた園監督初の原作モノである。
中学3年生の住田(染谷将太)は実に悲惨な状況に置かれている。
暴力を振るう父親は借金まみれ、母親は愛人と出奔。
だから1人で貸しボート屋を営む。
諦観しているのか、老成しているのか、どこか大人びた住田に同級生の茶谷景子(二階堂ふみ)が恋焦がれる。
愛に飢えている2人。
距離を縮めていく様が妙に痛々しい。
普通の大人になりたい。
そう願う少年がとんでもないことをしでかし、「オマケの人生」を送る。
その瞬間、一気に閉塞感が濃縮され、絶望が渦巻く。
いつもの園監督なら、ここから過激な演出に拍車がかかるところ。
それがしかし、陰を潜め、とてつもなく厳しい現実の中でもがく少年の悲痛な叫びとやり場のない怒りをひたすらすくい取る。
地味な映像に拍子抜けするかもしれないが、そこが狙い。
全体を覆う空疎な緊張感が絶妙にかもし出され、それが主人公の吐息とシンクロしていた。
撮影準備中に大震災が発生、急遽、被災地の場面を取り入れた。
しかしあざとさは微塵も感じられない。
舵を見失った現代の日本を直視する姿勢は大いに評価したい。
極限まで追い込んだ染谷と二階堂の演技が素晴らしい。
脇を固める渡辺哲、でんでんといった常連組の存在感も申し分ない。
絶望の淵に立たされているからこそ、一抹であれ、希望に胸が揺さぶられる。
同時に、「頑張れ」の意味を痛切に考えさせられた。
2時間9分。
★★★★
☆大阪・梅田ブルク7ほかで公開中
(日本経済新聞2012年1月13日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

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プロフィール

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武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。