武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

自信を持って名作と言えます~『瞳の奥の秘密』

投稿日:2010年8月27日 更新日:

瞳の奥
© 2009 TORNASOL FILMS – HADDOCK FILMS – 100 BARES PRODUCCIONES – EL SECRETO DE SUS OJOS (AIE)
今年観た外国映画のなかで、今のところベスト1がこの映画です。
本当に見応えがありました。
今日の日経新聞夕刊に、ぼくの映画エッセーが出ています。
   ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆
殺人事件に絡めて愛を描いた映画は多々あるが、かくも胸をえぐられた作品は稀だ。
細部にわたって計算し尽くされた構成と登場人物の内面に深く迫った演出に陶酔した。
今年のアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞したスペイン=アルゼンチン合作映画。
ブエノスアイレスが舞台。
孤独な初老の男ベンハミン(リカルド・ダリン)が小説を書こうとしている。
題材は25年前、自身が刑事裁判所の書記官として関わった若妻殺人事件。
苦難の末、1年後、彼が容疑者の青年を逮捕したが、どういうわけか釈放される。
そのうち一緒に事件を担当した同僚が何者かに殺される。
不可解なこの事件にベンハミンが呪縛され続ける。
陰鬱で緊迫したムードが一級の犯罪ドラマに仕立てるが、その裏にさらに濃厚な要素をはらませている。
小説を書くためにかつての職場を訪れたベンハミンを迎えた元上司の女性イレーネ(ソレタ・ビジャル)との関係だ。
彼女も判事補時代に同事件に関わっていた。
2人のもどかしくもピュアな心模様が馥郁たるアンサンブルとして物語に円熟味を与える。
映画はなおも深化する。
被害者の夫モラレス(パブロ・ラゴ)の存在である。
亡き妻への断ち切れぬ想いと得も言われぬ喪失感がベンハミンを執拗な捜査へと駆り立てたのだ。
社会正義だけでは割り切れない素なる感情をファン・ホセ・カンパネラ監督がじんわりとあぶり出す。
そして驚愕の結末へと導くのだ。
事件が起きた1974年は、軍事政権樹立の直前で、国家自体が歪な空気を放っていた。
その重苦しい時代を閉塞感が漂う映像として投影させていた。
「目は口ほどにモノを言う」
この諺を実感させるほど、題名につけられた(いろんな)瞳がいつまでも脳裏に残った。
名作だ。
2間9分。★★★★
☆大阪ではシネ・リーブル梅田で公開中
(日本経済新聞2010年8月27日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

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プロフィール

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武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。