『ベルリン天使の詩』
この映画が製作されてから、今年で四半世紀を迎えます。
名作でしたね。
その舞台となったベルリンを訪ね、エッセーにまとめました。
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ロングの髪の毛を後ろで束ね、厚手のコートを羽織った中年男。
ダミエル(ブルーノ・ガンツ)というその天使が物憂げに下界を眺めている。
不思議なことに、トレードマークの羽がない。
彼が佇んでいるところが、金色に輝く勝利の女神ヴィクトリアの肩だ。
ベルリンの中心部を東西に貫く6月17日通りの真ん中に威風堂々とそびえる戦勝記念塔ジーゲスゾイレ(1873年完成)。
高さ67㍍。
そのてっぺんに女神が羽を広げて屹立している。
ドイツ映画界の鬼才ヴィム・ヴェンダース監督の代表作「ベルリン天使の詩」(1987年)の象徴的なシーンだった。
人間の心を読めるが、何も手助けできない天使のもどかしさがにじみ出ていた。
そのダミエルが、天使に扮したサーカスの舞姫に恋情を抱き、永遠の生命を捨ててまで人間になろうとする。
どのセリフも全て詩的で、極上のファンタジー・ロマンに仕上がっていた。
東西の壁崩壊の2年前。
殷賑を極めた戦前とはうって変わり、荒涼たる空き地と化したポツダム広場、その横を走る高架のSバーン(近郊電車)、不気味な監視塔……。
西ベルリンのうら寂しい街が映し出される。
今日のベルリンは、映画の世界とは一転、非常に垢抜けした街に変貌していた。
ポツダム広場の周辺は再開発され、高層ビルが林立。
冷戦時代の最前線だったチェックポイント・チャーリー(国境検問所)は一大観光スポットに。
あの時代が随分、遠い昔に感じられた。
何はともあれ、戦勝記念塔に登った。
エレベーターがないので、285段の階段を踏みしめ、青息吐息で展望台へ。
天使が目にしたであろう眼下の光景は緑一色だった。塔の周りはティーアガルテンという公園で、森のように木々が生い茂る。
大通りの東向こうに統一ドイツの象徴ブランデンブルク門が望める。
建物も通りも、日本とは比肩できぬほど大きい。
こんな広々とした都会は初めてだ。
天使の目に映る社会はモノクロだが、人間的な感情を持った瞬間、パッとカラーになる。
そして人間になるや、全てが鮮やかな色彩に包まれる。
「陰鬱な時代だったからこそ、あの映画が撮れたのでしょう。今のベルリンは明るすぎますね」
カフェで知り合ったドイツ人青年が、日本に留学中に学んだ日本語で流暢に説明してくれた。
ベルリンは進化している。
肌身でそう感じた。
同時にふと思った。
あの壁は何だったのかと……。
◎ベルリン=東西ドイツ統一の翌年(1991年)、首都に認定。人口は約350万人。博物館が集中するシュプレー川の中州は「博物館の島」と呼ばれ、荘重な景観美を誇る。
(読売新聞2012年6月12日朝刊『わいず倶楽部』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)
映画の地を訪ねて~ドイツ・ベルリン『ベルリン天使の詩』
投稿日:2012年6月17日 更新日:
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