武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

圧巻、綾野剛の怪演~『日本で一番悪い奴ら』

投稿日:

北海道警察で実際にあった警察官による違法捜査事件をベースにした異色犯罪映画。

人間の悪意を直視した『凶悪』(2013年)で濃密な演出力を示した白石和彌監督が、実績重視の組織のなかで歪められていく正義感をあぶり出した。

©2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

©2016「日本で一番悪い奴ら」製作委員会

「正義の味方、悪を絶つ」

大学柔道部での活躍を買われ、道警に入った諸星は実直な警察官だった。

ところが機動捜査隊に配属された時、ベテラン刑事(ピエール瀧)から「組織で生き抜くには、検挙・摘発件数が全てだ」と教えられ、以降、「点数稼ぎ」に明け暮れる。

でっち上げ、やらせ逮捕、おとり捜査だけでは収まらず、自分で購入した拳銃を押収品として計上する始末。

歯止めが効かなくなり、どんどんエスカレートしていく。

旬の俳優、網野剛が体重を10㌔増減させ、諸星というアンチヒーロー役に挑んだ。

悪の世界に染まるにつれ、人相が変わる。

綾野の鬼気迫る怪演なくしてこの映画はあり得ない。

「S(エス)」と呼ばれる3人の捜査協力者(スパイ)の存在も大きい。

暴力団の幹部(中村獅童)、覚せい剤運び屋のDJ(YOUNG DAIS)、パキスタン人の盗難車バイヤー(植野行雄)。

主人公が彼ら3人と共謀し、“事件”を作り上げていく姑息的な様が滑稽にすら思える。

組織が求める成果=正義。

その遂行のためには手段を選ばなくてもいい。

そう解釈する諸星は、自分のことしか見ておらず、法の番人であることすら忘れてしまう。

道徳観念のマヒ。

その愚かしい姿にカメラが肉迫し、実にエネルギッシュな映像を構築した。

グイグイ引き込む。

東映の実録路線風に撮られた場面があり、どこか郷愁を覚える。

嘘のような本当の話。

日本では映画化しにくい題材だが、かくも見ごたえのある娯楽作に仕上げた白石監督の手腕を大いに評価したい。

2時間15分

★★★★(見逃せない)

☆25日から大阪ステーションシティシネマほかで公開

(日本経済新聞夕刊に2016年6月24日に掲載。許可のない転載は禁じます)

-映画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

京都おもちゃ映画ミュージアムの7周年記念の特別企画、めちゃめちゃ盛り上がりました!!

京都おもちゃ映画ミュージアムの7周年記念の特別企画、めちゃめちゃ盛り上がりました!!

映画をこよなく愛する人たちの集いの場であり、発信の場でもある「京都おもちゃ映画ミュージアム」。 昨日、開設7周年記念の特別企画『日本に映画を持ち込んだ男たち~荒木和一、稲畑勝太郎、河浦謙一~』が開かれ …

人生、うまいこといきまへんわ。そやけど、それもまた善し……、『海よりもまだ深く』

人生、うまいこといきまへんわ。そやけど、それもまた善し……、『海よりもまだ深く』

こんなはずじゃなかった……。 子どものころに思い描いていた大人になっていない。 多くの人が抱いているであろう心情を珠玉の家族ドラマとして紡ぎ上げた。 それもまた人生。 そう思わせるところに心地良さを感 …

こんな時にこそ観てほしい〈大阪映画〉の4本~!

こんな時にこそ観てほしい〈大阪映画〉の4本~!

大阪を舞台にした、あるいは大阪人が主人公の〈大阪映画〉。 かつて拙著『ぜんぶ大阪の映画やねん』(平凡社、2000年)でそれらを網羅しましたが、「大阪映画サークル」の最新号で、2000年以降の映画の中か …

映画館で映画を観る……、当たり前やん!

映画館で映画を観る……、当たり前やん!

映画配給会社のちいさな試写室で封切り前の映画ばかり観ているぼくが、エラそうなことは言えませんが、かつてはまぎれもなく「映画館主義者」でした。 「かつて」とは、新聞社で映画記者になる以前のことです。つま …

ベタつき感のない大阪映画~『オカンの嫁入り』

ベタつき感のない大阪映画~『オカンの嫁入り』

      ©2010『オカンの嫁入り』製作委員会 このタイトルを観て、ウ~~ンと引く人がいるかもしれないが、この映画は見応えありますよ。 今日の日本経済新聞夕刊に掲載されたぼくの映画エッセ …

プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。