武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

妻が妻を演じる……?? 夫婦再生を描いたドイツ映画『あの日のように抱きしめて』

投稿日:

 ©SCHRAMM FILM / BR / WDR / ARTE 2014


©SCHRAMM FILM / BR / WDR / ARTE 2014

 

死んだはずの人物が生きていた。

 

ドラマでたまに使われる設定だが、それを存分に活かし、夫婦再生の心理劇に仕上げた。

 

絶滅収容所を生き延びたユダヤ人の戦後を見据えた映画としても見応えがある。

 

『東ベルリンから来た女』(2012年)で東西冷戦時の東独の一断面をシャープに切り取ったクリスティアン・ペッツオルト監督の新作。

 

本作でもドイツの過去を直視する。

 

アウシュビッツ収容所に連行され、奇跡的に生還したユダヤ人の妻ネリーがドイツ人の夫ジョニーと再出発する物語。

 

といっても一筋縄ではいかない。

 

ネリーは精神的な打撃だけでなく、顔にも大ケガを負っていた。

 

もはや生気を失くし、死霊のよう。

 

夫が自分を裏切ったという疑念があり、会いに行く気にすらなれない。

 

そんな彼女にある瞬間、変化が訪れた。

 

今やスタンダード曲として知られる『スピーク・ロウ』を聴いた時だ。

 

愛する人を待ち続ける気持ちを込めた歌に心が動かされ、夫との再会を決意する。

 

音楽の使い方がことのほか巧い。

 

ここからが本筋だ。

 

傷を修復し、顔が別人のようになったネリーと経済的に苦しむジョニーとの想定外の出会いが用意されている。

 

種明しはできないが、彼女が自分自身の替え玉を演じる展開には驚かされた。

 

ヒッチコックの『めまい』(1958年)を彷彿とさせる場面を盛り込み、浮遊するように物語が綴られる。

 

ミステリータッチで引き込ませる演出は見事だ。

 

いつジョニーが彼女を妻と気づくのか、いや、ひょっとしたら知っているのかもしれない。

 

曖昧なまま、ネリーが徐々にかつての自分に似てくるところがミソ。

 

それが生きる証しとなる。

 

夫を見つめる眼差しの何といじらしいこと。

 

ただならぬ緊張感の中で醸し出される切なさと哀しみがたまらない。

 

ラストの『スピーク・ロウ』には泣けた。

 

1時間38分

 

★★★★(見逃せない)

 

【公開表記】 8月29日(土)~ テアトル梅田、京都シネマ

 

9月12日(土) シネ・リーブル神戸 にて公開

 

【配給】     アルバトロス・フィルム

 

(日本経済新聞2015年8月28日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

-映画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

レディー・ガガが弾けた!!~音楽映画『アリー/ スター誕生』(21日から公開)

レディー・ガガが弾けた!!~音楽映画『アリー/ スター誕生』(21日から公開)

リメーク映画はよほど斬新でなければ成功しない。 4度目となる本作は、初主演の歌手レディー・ガガのボーカルを前面に打ち出した。 演技派俳優ブラッドリー・クーパーも主役を兼ねて初監督にチャレンジ。 初モノ …

巨匠・木下惠介監督の原点~『はじまりのみち』

巨匠・木下惠介監督の原点~『はじまりのみち』

ダイナミックな黒澤明監督に比べ、どこか陰の薄い木下惠介監督ですが、なかなかどうして見ごたえのある骨太な作品を多々撮っています。   その木下映画のルーツを描いた作品です。      …

愛に包まれたアメリカ映画『ビール・ストリートの恋人たち』(本日公開)

愛に包まれたアメリカ映画『ビール・ストリートの恋人たち』(本日公開)

愛の純粋さを高々と謳い上げた心温まるラブ・ストーリー。 不条理な社会的抑圧に断固、屈しないアフリカ系アメリカ人(黒人)のカップルと家族に寄り添いたくなる、そんな愛おしい映画だった。 (c)2018 A …

関西経済連合会で講演~『映画のはじまり、みな関西』

関西経済連合会で講演~『映画のはじまり、みな関西』

スリランカの哀しみをグッと胸に収め、今日の昼、中之島のホテル「リーガロイヤルNCB」でかつてないほどビッグな講演に臨みました。 関西経済連合会の評議員会で、『映画のはじまり、みな関西』をテーマにお話し …

映画『春画と日本人』……、Spring(春)を描いた絵画ではありません(笑)

映画『春画と日本人』……、Spring(春)を描いた絵画ではありません(笑)

春画の映画――。 こう聞くと、鼻の下を伸ばし、ニヤける男性諸氏が多いかもしれませんね。 ぼくもその1人です~(笑)。 でも、大阪・第七藝術劇場で公開中の『春画と日本人』はベクトルがちゃいます。 何せ文 …

プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。