今年のアカデミー賞の外国語映画賞を受賞した珠玉の作品です。
フランス語でありながら、作品賞(英語の作品)にもノミネートされていました。
テアトルシネマグループ(テアトル梅田 シネ・リーブル梅田 シネ・リーブル神戸)のラインナップで、『エッセイスト武部好伸による映画コラム』を先月から連載しているのですが、今号に本作のことをたっぷり書かせてもらいました。
このラインナップは上記の3館に置いてありますよ~(^o^)v
3/9(土)公開 シネ・リーブル梅田、TOHOシネマズなんば、京都シネマ、シネ・リーブル神戸、TOHOシネマズ西宮
配給:ロングライド
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『愛、アムール』。
そのものズバリという題名に心が動いた。
しかも監督がひと筋縄ではいかないオーストリア人の鬼才ミヒャエル・ハネケ。
疑惑、不信、悪意、嫉妬、非寛容……。
人間の心のヒダに潜む負の感情を巧みにすくい取る名手とあって、ゆめゆめ安っぽい恋愛映画ではないことがわかる。
本作はしかし、これまでの作品とはやや様相がちがった。
パリの高級アパルトマンで暮らす老夫婦の物語。
夫ジョルジュと妻アンヌはともに元音楽家で、一緒に弟子のピアニストのリサイタルを聴きに行ったり、会話を楽しんだり、昔日を懐かしんだりと実に仲が良い。
ところがアンヌが病気で倒れてから、ドラマがにわかに動き出す。
入院したくないという妻の願いを受け入れ、ジョルジュが自宅で介護に当たるが、病気は悪化し、少しずつ衰弱していく。
終末医療における老人による老人介護。
これは超高齢化社会に突入した日本でも大きな社会問題になっている。
穏やかな日常が崩壊しつつある残酷な世界を、自宅という閉ざされた空間で、基本的に2人劇という形で描かれる。
重くてシリアスな内容だが、ハネケ監督は夫婦の姿をなんの飾り気も感傷もなく、冷静に見据えたことで、観る者との間に程よい距離感が生まれ、お涙頂戴モノとは全く異質な作品に仕上げた。
1カット1シーンという長回しも効いていた。
それがかえって現実味をかもし出し、いい意味で2人を傍観することができた。
室内に入ってきた鳩を逃そうとするジョルジュの動きを1カットで収めた映像に象徴されるように、一見、淡々とした展開とは裏腹に、非常に濃厚な演出がなされている。
互いに相手を思いやる誠実な気持ちにぼくは胸が打たれた。
そこには、これまで監督があぶり出してきた不気味さや曖昧模糊とした空気は感じられない。
人間としての尊厳と気高さがストレートに伝わってくる。
そして全編を包み込む得も言われぬ優しさ。
それが見返りを求めない真の愛だということに気づかされる。
ジョルジュに扮したジャン=ルイ・トランティニアンの抑制の効いた仕草。
アンヌを演じたエマニュエル・リヴァの理知的な言動。
ともに80歳を越えた超ベテラン俳優が見事なほどに演技のアンサンブルを奏でてくれた。
老いと死。
だれもが避けて通ることのできない問題を直視しながら、実は愛の素晴らしさと生の悦びを高らかに謳い上げていた。