「中国人の観光客だらけ!」
先日、イタリアのベネチアへ旅してきた知人が苦笑いしていました。
ぼくも4年前に訪れたとき、200人ほどの中国人観光客が、先頭で旗を振る添乗員に引率され、列をなしてベネチアの細い路地を歩いている光景を目にしました。
この映画が撮られたときとは様変わり。
『旅情』は、古き良き時代のベネチアを活写していますね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
海上に真っ直ぐ伸びるリベルタ橋を列車で渡り、終着のサンタ・ルチア駅に到着。
混み合う駅舎を出ると、ゴンドラや水上バスが行き交う大運河が目に飛び込んできた。
この開放感。
水の都ベネチアに来たと実感する瞬間だ。
珠玉の恋愛映画『旅情』(1955年)の主人公も同じ思いだったに違いない。
婚期を逃したアメリカ人OLのジェーン(キャサリン・ヘプバーン)。
単身、憧れのベネチアへバカンスでやって来た彼女は、宿の女主人に「1人が性に合うの」と強がるが、内心、寂しくて仕方がない。
サンマルコ広場のカフェで、8ミリ撮影機(懐かしい!)を回す彼女に熱い視線を注ぐ地元の中年男性レナート(ロッサノ・ブラッツイ)。
2人は瞬く間に恋の炎を燃え盛らせる。
観光客で賑わうその広場にぼくは足を向け、彼らが愛を語らったであろうカフェに腰をおろした。
映画では花売りのおばさんが来て、ジェーンが白いクチナシの花を選ぶ。
それが幸せのシンボルだった。
ぼくはしばらくカフェに座っていたが、花売りの姿はなく、次第に人が増えてきた。
どうにも居辛くなり、桟橋に移ると、沖合にリド島が蜃気楼のように浮かんでいた。
ルキノ・ヴィスコンティ監督の名作『ベニスに死す』(71年)の舞台になったところだ。
世界的に知られる国際映画祭も開催され、ベネチアは映画との関わりが深い。
街全体が中世の佇まいを宿しており、そこに運河が絶妙な彩を添える。
映画のロケ地にならないはずがない。
『旅情』は、英国人のデヴィッド・リーン監督が初めて海外に題材を求めた作品。
これを機に、『戦場にかける橋』(57年)、『アラビアのロレンス』(62年)など映画史に燦然と輝く大作を次々に手がけ、巨匠の地位を築いた。
ラストシーンはあまりにも有名だ。
恋人に別居中の妻と子供がいることを知ったジェーンは束の間の恋を清算し、列車で街を去る。
そのとき駅に駆けつけてきたレナートが、車窓から身を乗り出す彼女にクチナシの花を振り続ける。
猛烈に切ない。
これぞ大人の恋物語。
駅のプラットホームに立つと、別離の場面が脳裏にまざまざと浮かんできた。
すると、背後から主題曲『サマータイム・イン・ヴェニス』の甘美なメロディーが……。
小柄な初老のイタリア人男性が口笛を吹いていたのだ。
なぜ?
映画と同じ経験をしたのだろうか、単に思いつきで吹いていたのだろうか。
今でもちょっぴり気になっている。
(読売新聞2011年4月12日朝刊『わいず倶楽部』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)
映画の地を歩く(8)イタリア・ベネチア~『旅情』
投稿日:2011年11月2日 更新日:
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