『奇跡の人』
この題名を聞くと、年配者ならヘレン・ケラーとサリヴァン先生の話を思い浮かべるでしょう。
よく似たことがフランスでもあったんですねぇ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
見えない、聞こえない、話せない。
三重苦を克服した少女と彼女を支えた修道女の物語。
清楚な佇まいの中で繰り広げられる2人の壮絶な闘い。
そこからにじみ出る優しさと慈愛が全編を穏やかに包み込んでいた。
19世紀末のフランス。
10歳の娘マリー・ウルタンが修道院の併設する聴覚障害者の施設に入った。
生まれつきハンディを背負い、しつけや教養を全く受けていないので、野生児そのもの。
そんな彼女にシスターのマルグリットが言葉と人としての営みを教え込もうと全身全霊を捧げる。
想像を絶する忍耐力には脱帽だ。
入所時、パニック状態から木によじ登ったマリーの手を彼女がつかむ。
その瞬間、強い魂の輝きを感じ取った。
このシーンが映画の空気を決定づけていた。
ヘレン・ケラーと家庭教師サリヴァンを描いた米映画「奇跡の人」(1962年)のフランス版ともいえる。
共に実話。
いかんせん両作品を比較してしまう。
物の名前と実体を初めて理解したヘレンの発した言葉が「ウォーター」だった。
本作では、マリーが大事にしていたポケットナイフ。
彼女の心象風景を象徴しているようであり、実に意味深に思えた。
師弟関係にあったヘレンとサリヴァンとは異なり、こちらは母娘のような関係。
すっかり変貌を遂げたわが娘に実母が会いに来た時に浮かべたマルグレットの寂しげな表情が忘れられない。
さらに「死」の概念を前面に出していた。
神の存在を絡めながら、ジャン=ピエール・アメリス監督はそこから生じる喪失感をえぐり出そうとした。
マリー役で映画デビューしたアリアーナ・ソヴォアールは耳が不自由で、障害を持つ人の気持ちに寄り添って演じていたように思う。
マグリットに扮したイザベル・カレのどこか儚げな演技も印象深かった。
1時間34分
★★★(見ごたえあり)
☆6月6日からシネ・リーブル梅田、6月13日からシネ・リーブル神戸、7月4日から京都シネマ にて公開。
(日本経済新聞2015年6月5日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)