武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画の地を訪ねて(1) アイルランド・ディングル半島~『ライアンの娘』

投稿日:2011年6月23日 更新日:

旅と映画。
なかなか相性が合いますね。
映画の名作の舞台やロケ地を訪れ、その土地の文化、歴史、風土などを見据える『映画の地を訪ねて』という連載を読売新聞で続けています(不定期ですが)。
新聞社の許可を得ましたので、これから随時、掲載分をブログでアップしていきたいと思います。
1回目は、アイルランドのディングル半島。
映画は、ご存知、デヴィッド・リーン監督の『ライアンの娘』です。
     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
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大西洋に突き出たスレア岬と白砂の浜辺が眼下に広がる。
その向こう、紺碧の海に横たわる無人のブラスケット島。
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南の対岸にはイヴェラー半島が蜃気楼のように浮かんで見える。
アイルランド南西部、ディングル半島最西端の情景は心に染み入るほど穏やかだが、風は容赦なく吹きつける。
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この付近一帯で、英国の巨匠デヴィッド・リーン監督の『ライアンの娘』(1970年)が撮影された。
一面、緑に包まれ、家屋が点在する過疎地。
12年ぶりの再訪だが、素朴なたたずまいはちっとも変わっていない。
1916年、反英独立運動の闘士たちが首都ダブリンで英軍と戦った「イースター蜂起」直後の動乱期の物語。
12世紀以降、750年間も英国に植民支配されてきたアイルランド人の怒りが爆発したときだった。
古来、この国は神秘的な妖精伝説や流麗な美術様式を生んだ豊かなケルト文化に彩られていた。
住人の多くはケルト系で、言葉もケルト語の一種ゲール語が使われてきたが、英国支配によって外国語の英語が定着した。
そんな中、ディングル半島は日常的にゲール語が話されている地域である。
映画は--。
寒村でパブを営む中年男ライアンのひとり娘ロージー(サラ・マイルズ)が憧れの小学校教諭チャールズ(ロバート・ミッチャム)と結ばれるも、村に駐屯する英軍守備隊の隊長ランドルフ(クリストファー・ジョーンズ)と不義を重ねる。
一見、三角関係を軸にした恋愛映画だが、独立闘争という歴史のうねりを背景に深奥な人間ドラマに仕上がっていた。
ハイライトは、ドイツから船で運んできた武器を村人が浜辺で受け取る嵐のシーン。
荒れ狂う海で散逸した武器を拾い集める彼らの姿は実に感動的だった。
が、密告でそれも徒労に終わる。
英軍に捕まった活動家がランドルフを睨みつけ、捨てゼリフを吐いた。
「俺の国から出て行け!」
苦渋の歴史に終止符を打ち、自由を希求する心の叫びにぼくは理屈抜きに共感した。
独立への歩みを通して、強い同胞意識を培ったアイルランド人は断じて裏切りを許さない。
愛の終焉とともに、密告者への制裁を描いたラストは、まさにアイリッシュ魂の一面を浮き彫りにしていた。
北アイルランドが英国領となったものの、アイルランドは1949年に完全独立を達成、「ケルティック・タイガー」と呼ばれた近年の経済成長を経て、EU(欧州連合)内の優等生になった。
もっとも昨今はバブル崩壊で経済的に苦しい現状にあるが、それでもここまで急成長したのは脈々と息づく不屈の精神の賜物であろう。
砂浜におりた。
ロージーが白いパラソルをさして散歩していたところだ。
海水に手を浸した瞬間、禁断の恋に走った彼女の虚ろな顔が脳裏に浮かんだ。
直後、それをかき消すように、清爽な潮風の塊がぼくの体を駆け抜けていった。
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◎ディングル半島
変化に富む海岸美と雄大な自然に魅了される。
岬に築かれたダンベッグの砦やユニークな形をしたガラルス礼拝堂などの遺跡も見どころ。
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オススメはディングルの町からブラスケット島へのボートツアー。
途中、イルカが歓迎してくれる。
(読売新聞2008年6月10日朝刊『わいず倶楽部』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

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プロフィール

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武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。