武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

呪縛されるモノすごい映画~『白いリボン』

投稿日:2010年12月21日 更新日:

白いリボン
『白いリボン』
このドイツ映画(仏・墺・伊との合作)はぜひご覧になることをオススメします。
以下、日経新聞に載ったぼくの映画エッセーです。
激賞しています!
    ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
見た目は犯罪サスペンスだが、それだけで片づけられる映画ではない。
犯人探しに気をとられているうち、どんどん邪気をはらませ、時代の〈負の空気〉をあぶり出す。
問題作を手がけるミヒャエル・ハネケ監督の渾身の作。
往診帰りの医者(ライナー・ボック)が落馬し、大ケガを負う。
何者かが針金を張っていたのだ。
この事件を機に北ドイツの静かな農村で不可解な出来事が次々と起こる。
小作人の妻が納屋で転落死し、地主でもある男爵の幼い息子が行方不明になり、逆さ吊りにされて発見される……。
犯人は? 
動機は?
時代は第1次大戦前夜の1913年。
“よそ者”である元教師(クリスチャン・フリーデル)の男性の追想形式で物語が展開する。
冒頭、「内容が全て事実かどうかははっきりしていない」と断っている。
それを承知で観ても、不思議なスパイラル(渦巻き)に嵌ってしまう。
それは犯人を明かさず、観る側の想像力に委ねるから。
当然、不信感と不安感が全編に通底している。
ずるい演出だと思ったが、この監督の狙いはそこにある。
悪意、猜疑心、嫉妬、非寛容、偽善といったマイナスの感情・意識が連鎖的に増幅され、いつしか不穏な世界に包まれる。
その行き着く先が大戦の勃発だった。
村ではどれも大事件なのに、村人は秩序を保つがために見て見ぬふり、無関心を装う。実はそのことがとてつもなく恐ろしい結果を招く。
そこを映画はえぐり取る。
特に子供の不気味さが際立つ。彼らがやがてヒトラーのナチスを支えるであろうことも暗示している。
現代に通じるテーマだ。
長尺でモノクロ、音楽もない。
そんな地味な作品にぼくは呪縛された。
今もそう。
すごい力を持っている。
昨年のカンヌ国際映画祭パルムドール大賞受賞作。
2時間24分。
★★★★★(今年有数の傑作)
(日本経済新聞2010年12月17日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)
☆大阪ではテアトル梅田で公開中

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プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。