2009年が幕をおろすまでまだ5か月以上もありますが、現時点でまちがいなく日本映画のベストワンと言える作品が『ディア・ドクター』です。
日経新聞に掲載されたぼくの拙文を紹介します。まだ公開中です。未見の人はこの機会に、ぜひご覧になってください。原文のまま載せます。
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(C)2009『Dear Doctor』製作委員会
次代の日本映画界を担う逸材、西川美和監督の新作。それだけで期待した。観ると、すこぶる面白かった。一刀両断に善悪をはっきりつけられない人間の奥深さをコミカルに描いてみせてくれたから。
人の命を預かる仕事なのに、何でもなあなあで済ます。突っ込まれると、含みのある笑顔とはんなりした大阪弁でうまくかわす。お年寄りばかりの辺鄙な山村の医師、伊野(笑福亭鶴瓶)はそんないい加減な中年男だが、村人から全幅の信頼を置かれ、慕われている。東京の医大を出た研修医の相馬(瑛太)も敬服しきっている。
それは伊野が親身になって村人と接し、きめ細やかな診療活動を行っているからだ。各家庭の一切を把握しており、病気以外のことでも気軽に相談に応じる。理想的な地域医療を実践している現代の「赤ひげ」!
その伊野が突然、失踪する。理由を探るうち、前述した人間的な魅力が浮き彫りにされるが、同時に得体の知れないヌエのような素顔が見えてくる。といっても、いきなり明かさない。1枚ずつベールを剥がすがごとく彼が抱える秘密、つまり物語の核心にじんわり迫っていくのだ。その絶妙なる語り口。惚れ惚れする。
人間は決して一面だけでは語り尽くせない。伊野が放つ胡散臭さや曖昧模糊とした部分に納得できるからこそ、この映画は成立している。『蛇イチゴ』(2003年)と『ゆれる』(06年)の前2作で人間の裏側をあぶり出してきた西川監督の真骨頂をそこに見る。
自分で何も判断しない(できない)伊野が、胃痛を訴える女性(八千草薫)に初めて真剣に診断を下す。そこにドラマが生じる。見事な展開だと思う。
鶴瓶の自然体の演技なくしてはあり得ない映画だった。3作目にして、西川監督は独創性に富む揺るぎない映像世界を確立した。 2時間7分。★★★★★(満点です~!!)
(日本経済新聞2009年7月10日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)
今年ナンバー1(!?)の邦画、『ディア・ドクター』~
投稿日:2009年7月13日 更新日:
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