孤独と不毛の精神風土が宿る大都会の片隅。
そこでもがきながら生き抜く若者の〈魂の叫び〉を映像化した。
青春映画としても、ボクシング映画としても一級の作品に仕上がった。
多彩な分野で自己表現した時代の先駆者、寺山修司(1935~83年)の唯一の長編小説が原作。
脚本も手がけた岸善幸監督が設定を60年代から東京五輪翌年の2021年に変えた。
幼いころ母親に捨てられ、無鉄砲に生きる野生児丸出しの新次(菅田将暉)。
父親の虐待から逃れた、吃音で引っ込み思案の健二(ヤン・イクチュン)。
対照的な2人が運命の糸で引き寄せられ、共にプロボクサーを目指す。
それは心の空白を埋め、生きている証しを体感したいがためだ。
真っすぐでピュアな姿が眩くてたまらない。
リングネームは「新宿新次」と「バリカン健二」。
健二は理髪店で働いているから、そう名付けられた。
映画はそんな彼らに肉迫しながら、新次の母親(木村多江)、恋人(木下あかり)、健二の父親(モロ師岡)ら周りの人物を丁寧に掘り下げる。
みな哀しみを背負っているのが猛烈に切ない。
登場人物の全員が何らかの形でつながっており、まさに群像ドラマの極致。
中でも自殺抑制研究会の存在が何とも不気味に映る。
自分が自分でいるために……。
新次と健二は抜き差しならぬ状況に陥り、リングでの対戦へとなだれ込む。
ドラマが凝縮する後編の中盤から目が離せない。
岸監督の演出は長尺であることを忘れさせるくらい濃密でエネルギッシュだ。
手持ちカメラで撮ったボクシングのシーンも迫力満点。
菅田の予測不可能な動きが物語をグイグイ引っ張る。
韓国人俳優で、監督でもあるヤンの計算し尽くされた演技が忘れ得ぬキャラクターを作り上げた。
「みんな行かないで。ぼくはここにいる。愛してほしい」
ラスト、バリカン健二がリング上で放った言葉が胸に突き刺さる。
凄い映画が誕生した。
前編2時間37分、後編2時間27分。
★★★★★(今年有数の傑作)
☆前編は7日から、後編は21日からなんばパークスシネマほかで公開
(日本経済新聞夕刊に2017年10月6日に掲載。許可のない転載は禁じます)