こんな映画があってもいいと思います。
後味がめちゃめちゃいいもの。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ダメ男を主人公にしたドラマは存外に多い。
しかしこんな形で再生する姿を描いた映画は観たことがない。
テーマは父親。ラストに近づくにつれ、加速度的に心がほんわかとしてくる。
珠玉のカナダ映画。
42歳の独身男ダヴィッド(パトリック・ユアール)が23年前、報酬ほしさに提供した精子によって、533人の子供を誕生させたことが判明。
さらに彼らの一部から父親の身元開示の訴訟を起こされ、正体を明かしたくないと裁判で争う。
何と奇抜な物語。
驚天動地の事実にうろたえ、遺伝子上の子供たちを敵に回すのだから、心中いかばかりか。
映画はしかし、シリアスさをかなりそぎ落とし、主人公の心の移ろいに焦点を当て、終始、プラス志向で捉える。
この人物が徒者でないところがミソだ。
自堕落な生活を送り、借金まみれで、家族内でも浮いている。
しかも妊娠した恋人ヴァレリー(ジュエリー・ル・ブルトン)から、父親になってほしくないと宣告される。
最悪な時に子供たちの存在を知らされ、否が応でも父親であることを認識させられる。
このパラドックスがたまらなくおかしい。
役者志望の青年、薬物依存の少女、重度の障害者……。
自分のDNAを受け継ぐ若者たちに素性を隠し、彼ら1人1人に会っていく。
そのプロセスが笑いと涙を誘い、予期せぬ結末へと引っ張っていく。
キーワードは父性愛に基づく人の絆。
極めて楽天的な展開だが、きちんと着地点を設けているところに好感が持てる。
後半はあっと言う間に過ぎ去った。
オリジナル脚本を書いたケン・スコット監督の人間をとことん信じる眼差しが随所で生かされていた。
まさに人生讃歌。
母性重視の映画が少なくないが、父性力も捨てたものではない。
そう思わせる1作だった。
1時間50分
★★★★(見逃せない)
☆2日からシネ・リーブル梅田で公開
(日本経済新聞2013年2月1日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)