最近、見ごたえのある映画が目白押しです。
この映画も、グイグイ引き込まれました。
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邦題から、米ソ冷戦期、西側への亡命者の映画だと思った。
しかしそうではなく、旧東ドイツ国内の過酷な社会を浮き彫りにし、その中で崇高な愛を謳い上げていた。
生身の人間から発せられる悲痛な心の叫びが胸に突き刺さった。
ベルリンの壁崩壊9年前(1980年)の物語。
冒頭から全編を覆うただならぬ空気を予見させる。
ベンチに座り、寂しげに、それでいて開き直って紫煙をくゆらす女医バルバラ(ニーナ・ホス)を建物の窓から2人の男が覗き見する。
彼女は西ドイツへの移住申請を却下され、ベルリンから田舎町の病院に左遷された。
この日が初出勤日。
男は上司の医師アンドレ(ロナルド・ツェアフェルト)と秘密警察の諜報員だ。
抑圧された管理社会を見事に象徴した場面である。
閉塞感に包まれた息苦しい日常の中で増幅する疑心暗鬼。
“前科者”と見なされ、主人公の表情はますます氷のように冷たくなる。
前半は当時の実像を容赦なくあぶり出した『善き人のためのソナタ』(2006年)と類似した内容だ。
本作はしかし、単に告発をテーマにした映画ではない。
国外脱出を企む彼女が、ある意味、自分とよく似た境遇の少女の主治医になったことから様相が変わる。
人間として、医師としての矜持が芽生え、そこにアンドレとの触れ合いがごく自然に絡まってくる。
ほのかに彼女の頬に血の気がさす。
その移ろう様に、クリスティアン・ペッツォルト監督は一見、冷徹ながらも、慈愛を込めて迫る。
しかもサスペンス風味の不穏な雰囲気を終始、保ったままで。
強靭な演出力だと思う。
究極の選択。
バルバラが取った行動にぼくは感嘆した。
その裏に真の愛とは何かという問いかけがあったから。
クールな映像とは裏腹に、実に熱い映画だった。
1時間45分
★★★★(見逃せない)
大阪: テアトル梅田 2月9日(土)
京都: 京都シネマ 2月9日(土)
兵庫: シネ・リーブル神戸 2月16日(土)
(日本経済新聞2013年2月8日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)