健さんが6年ぶりに銀幕に戻ってきた。
若い人にはピンとこないだろうが、高倉健の存在は日本映画において千鈞の重みがある。
205本目の出演作となった本作は人生の深みを感じさせるロードムービー。
富山刑務所の指導技官、倉島英二に扮する。
81歳にしては若い役どころ。
おじいちゃん然としていない。
そこに安堵感を覚えた。
妻の洋子(田中裕子)を病気で亡くし、官舎で独り暮らし。
無口で無骨。
この人のはまり役だ。
妻が生前に残した絵手紙が届く。
そこに彼女の故郷、長崎県平戸市の海に散骨してほしいとの文面が……。
非常に落ち着いた導入部。
感情を秘めた「間」の表情が絶妙に映し出されていた。
「夜叉」(1985年)「鉄道員(ぽっぽや)」(99年)などで高倉とタッグを組んできた降旗康男監督だけに、全てを知り尽くしている。
しっとりとした情感が全編を覆う。
いかんせんテンポが遅く、やや古風な作風に感じられるが、これぞ大人の味わい。
そう思いたい。
英二は自家製のキャンピングカーで富山から京都、福岡を経て平戸の港町へ。
その道中に出会った人物とのふれ合いが脇筋として、また伏線として生かされる。
狭い世界に閉じこもっていた男に何かしら変化が生じる。
そこが前半の見どころ。
目的地に到着後、港町が1つの舞台と化し、一気に人間ドラマが開花する。
妻の真意は何だったのか。
人情の機微に触れ、英二が模索しながらその答えを探る姿を丁寧に追う。
物語が濃厚になっていく中、カメラは終始、冷静に彼を直視し続ける。
嵐の夜、食堂の女将(余貴美子)から重大な話を聞かされる主人公の真顔を捉えたショットは秀逸だった。
結末がいささか唐突すぎる。
でも健さんが海沿いを静々と歩くラストシーンには理屈抜きに胸が打たれた。
1時間50分
★★★
☆ 8月25日(土)全国東宝系ロードショー
(日本経済新聞2012年8月24日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)