武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

天使のようなジェルソミーナ、『道』~

投稿日:2009年6月11日 更新日:

道(新)
「自己チュウ」という言葉が広まったのは、はて、何年前だったか。
ひとりで3人分の座席を占有したり、平然と化粧をしたり。品位がないというか、最低限の社会ルールが守られていない昨今の車内風景を見るにつけ、それが年々、ひどくなってきているような気がしてなりません。
イタリア映画の名作『道』(1954年)は、身勝手に生きることの愚かしさを情感たっぷりに描いていました。
この映画は、16年前に他界した巨匠、フェデリコ・フェリーニの出世作です。生前、「映像の魔術師」の異名をとり、奇想天外なストーリー展開と眼を見張る人工的な映像美で知られたフェリーニにしては、ひじょうにオーソドックスな人間ドラマでした。
強靭な肉体を誇る旅回りの大道芸人ザンパノ(アンソニー・クイン)は、知性のかけらもなく、欲望のおもむくまま生きている野獣のような男。そんな彼が、知的障害をもつ女性ジェルソミーナ(ジュリエッタ・マッシーナ)を金で買い、昼間は助手、夜は情婦としてボロきれのごとくこき使う。
天使のような純真無垢な彼女は当然、ザンパノを憎みますが、逃げ出す術も知らず、着いて行かざるを得ません。街頭で熱演するご主人を盛り立てようと、おどけた表情でコミカルに踊るジェルソミーナの健気さが痛々しい。
彼女がいくら尽くしても、男は相変わらず傍若無人な振る舞いを続けます。ほんまにアホな奴やと思う。その後、ある“大事件”が起き、正気を失ったジェルソミーナを、ザンパノが無慈悲にも置き去りにする……。
月日が流れ、老骨にムチ打ち、まだ大道芸でメシを食っていたザンパノが、とある海辺の町にやって来て、ふと足が止まった。ジェルソミーナがよく口ずさんでいたメロディーがどこからともなく聞こえてきたのです。
彼女がいるのでは? 心がざわめいた。が、すべてが終わっていた……。
人はどう生きようが勝手ですが、よほどの聖人でもないかぎり、ひとりだけでは豊かな人生は送りにくい。人との絆があってこそ、生きていることを実感できます。「自己チュウ」なんて、みっともない! 
ザンパノが孤独で寒々しい自分の生き方に恐怖し、ジェルソミーナの清らかな魂を知り、夜の浜辺で号泣する憐れな姿を見て、ぼくはそう思いました。このラストシーンは、何度観ても泣けてきます。
時すでに遅しかもしれない。でも最後の最後になって、ザンパノは人間性を取り戻したのです。そこにフェリーニの人を見る、奥深くて温かい眼差しが感じられます。
得もいわれぬ物悲しいテーマ曲とともに、ぼくの脳裏によみがえってくるジェルソミーナの無邪気な笑顔。それは人の良心そのもの。心が和まされます。『道』は、まさに人間賛歌でした! 
                       (新聞「うずみ火」2008年2月号)

-映画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

時空を超えた奇跡の絆~アメリカ映画『ワンダーストラック』

時空を超えた奇跡の絆~アメリカ映画『ワンダーストラック』

時の隔たりを超えて結びつく2つのドラマ。 よくある設定だが、本作は絶妙な語り口でぐいぐい引きずり込んでいく。 児童文学を思わせる世界観にも心がくすぐられた。 Ⓒ2017 AMAZON CONTENT …

飲むのはほどほどに 日本映画『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』

飲むのはほどほどに 日本映画『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』

       (C)2010シグロ/バップ/ビターズ・エンド 忘年会の季節です。 お酒を飲む機会がめっきり多くなってきました。 昨夜は、読売新聞時代の2人の大先輩(ともにI氏)と一献傾けました。 飲ん …

魅力的な四姉妹の物語、『海街diary』

魅力的な四姉妹の物語、『海街diary』

(c)2015吉田秋生・小学館/フジテレビジョン 小学館 東宝 ギャガ   四姉妹の物語。   親への複雑な気持ちや心のすれ違いを描き、家族であることの意味を問いかける。 &nbs …

叔父と甥の滋味深い物語~『マンチェスター・バイ・ザ・シー』公開中

叔父と甥の滋味深い物語~『マンチェスター・バイ・ザ・シー』公開中

マンチェスターの名から英国の映画と勘違いしそうだが、題名は米国東海岸の保養地で、その町を舞台に叔父と甥の触れ合いが描かれる。 絶望から再生へと一歩踏み出す姿をどこまでも寄り添って見据えた珠玉の人間ドラ …

再度の告知、3月6日(土)、奈良の今井町でトークショー『映画に見るカフェ~ティー&コーヒーは名脇役』

再度の告知、3月6日(土)、奈良の今井町でトークショー『映画に見るカフェ~ティー&コーヒーは名脇役』

以前、告知しましたが……。 今日から約1ヶ月間、江戸時代の風情を宿す奈良県橿原市今井町で、連続イベント『おいしい映画散歩』が始まります。 今井町見晴らし茶屋「ももや」さんで、3月6日(土)10:30〜 …

プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。