Category Archive:

6月 01

(4)南インド・タミルナードゥ州への旅~4日目(5月22日)

チェックインしたマハーバリプラムのゲストハウス。

朝食付きで、完全にウエスタン・スタイルでした。

まだインドに来て4日目ですが、妙に懐かしく感じられます~😁

朝食はインド洋に浮かぶフランス海外県のレユニオンから観光で来た熟年夫婦と共にしました。

お2人の会話はフランス語ですが、英語も流暢~😁

ぼくがレユニオンのことを知っていたので、えらいびっくりしてはりました~😲

「海外でレユニオンに反応があったのは初めて」と奥さん。

ぼくは歴史だけでなく、地理も大好きなんです(笑)

マハーバリプラムは存外に居心地の良い町でした。

ギスギス感がなく、おっとりした空気が漂っています~✨

昨日、訪れた海岸寺院だけでなく、町中には名所がいろいろあります。

なかでも5つの石の建物からなる「ファイブ・ラタ」(世界遺産登録)は必見。

7世紀に造られた傑出した建造物です。

巨大な岩山を削り取って、建物を形作っていったというからびっくりポン~😲

今のタミルナードゥ州の人たち(タミル人)のご先祖に当たる古代ドラヴィダ人の芸術的結晶です。

19世紀に発見されるまで、地中に埋まっていたと言われています。

入場料(海岸寺院と共通)はインド人が30ルピー、外国人が500ルピーと「差別化」されていますが、文化財保護のためと思えば、納得できます。

他にも岩窟寺院やインド神話のエピソードを彫った壁面など興味が尽きません。

あっと驚くのが「バターボール」と呼ばれる巨岩です。

インド神話のヒーロー、クリシュナ(ヴィシュヌ神の化身)の大好物のお菓子バターボールに似ているので、この名がつけられたそうです(笑)

バターボールと言えば、味覚糖かな~😁

今にも転げ落ちそうですが、何十頭もの象が引っ張っても、びくともしなかったそうです。

後ろから見ると、見事にカッティングされています。

不思議ですね~😁

岩山にそびえる灯台から眺めたベンガル湾が素晴らしかった!!

海岸寺院も見えます。

日本ではあまり知られていませんが、マハーバリプラムはインドでは国内有数の観光スポットです。

岩窟寺院でボケーッとしていたら、インド各地からやって来た家族連れの観光客から「一緒に写真を撮りましょう」と声をかけられました。

皆さん、最初に「どこから来はったんですか?」と尋ね、「日本ですよ」と答えると、即、記念撮影と相成りました(笑)

日本人は人気があるんですね~😁

まぁ、人なつっこい人が多いですわ。

大阪人みたい(笑)

最後に来たのが日本人のお年寄りの一団。

いかにもリッチなツアーです。

「こんにちは❗ お暑いですね」

ぼくが愛想よく挨拶しても、皆さん方、犯罪者を見るような目付きをして完全無視。

何でやねん。

胡散臭いインド人に見えたのかな~?

ハハハ~😁(笑)

この日、素敵な出来事がありました~(^_-)-☆

地元の漁師さんからランチを招待されたんです。

インド人化するには(笑)、現地の人とのふれ合いが一番なので、ほんまにうれしかった。

その漁師さんは、昨日、ビーチで知り合ったヴィクラムさん(42歳)。

全く独学なのに英語が堪能で、知的好奇心が高く、初対面で胡散臭さを全く感じられませんでした😁

彼は、訳あって同じように漁師をしているお兄さん(カシナタン)の家族に同居してはります。

ぼくが行くと、近所の子たちもやって来て大歓迎を受けました~✴💡✨

前庭でハトとニワトリを飼うてはります。

ワンちゃんもいました!

ハトは食用ではなく、伝書バトです。

暑さに負けて、思わず「ビール飲めますか」と催促したら、ヴィクラムさんは「ちょっとドライブしましょう」と 。

???

何とスクーターで2人乗りして町外れへ。

どこへ行くねん。

ありゃ、辺鄙なとこに酒屋があったんです❗

そこでビール(もちろん冷えていません)と国産ブランデーを購入しました。

「何で町中に酒屋がないんですか?」

「う~ん、何でか知らんけど、ないんです」

帰宅後、一階の居間に座って昼飯。

料理はカレー風味の焼き魚(アジみたい)、ライス、カレーでした。

魚は右手だけで食べるのは至難の業。

「両手を使わせてね」と許可を得て、ガブリといきました~❗

ライスとカレーはちゃんと右手だけで食べましたよ。

「インド人よりうまい❗」と言われ、照れてしまった(笑)

話が盛り上がったのは、2004年のスマトラ沖大地震による津波の話。

マハーバリプラムも大きな被害を受け、お兄さん家族は必死になって西方の岩山に避難し、事なきを得たそうです。

この辺り一帯は完全に水没し、亡くなった人も多かったらしいです。

「津波のあと魚が捕れなくなりました……」

「日本の津波の悲劇も知っています。放射線汚染が絡んでいるので大変ですね」

兄弟とも日本の事情をよぉ知ってはりました。

他にもいろいろ話が弾み、実に楽しいランチになりました❗

よくよく考えたら、インド人の家に入ったのはこれが初めて。

帰り際、もちろん、お礼の印にしかるべき額のお金をお渡ししました。

夜は南インドの定食「ミールス」をいただきました。

典型的なヴェジタリアン料理です~😁

ほんまに口に合いますわ~(^_-)-☆

そんなこんなで今日も充実していました~(^_-)-☆

6月 01

(3)南インド・タミルナードゥ州への旅~3日目(5月21日)

カーンチープラムで宿泊したホテルで目覚め、近くの大衆食堂で朝食を取りました~😃

南インドでは、大衆食堂に「HOTEL」と表記している店がぎょうさんあり、前回の旅では宿と間違って飛び込んだこともありました~😁

朝食は、チャイとバナナの皮の上に乗ったイドリー。

これ、米粉と豆を潰して発酵させ、ペースト状にしたものです。

薄味のカレースープにつけて食べるとgood~😁

こちらの人はイドリーにスープをぶっかけてはりますが~。

添え物はヨーグルト風のタレとカレー風味のタレ。

基本、カレーと酸っぱいモンですわ~😁

お値段は締めて日本円で約50円なり~✌

現地の人は屋台で朝食を済ませてはります。

「えらいこっちゃ~❗」

それも、かなりの「えらいこっちゃ~❗」。

朝食後、ホテルをチェックアウトし、バスターミナルに向かって歩いていると、見目麗しい一頭の若い雌牛が横を通りすぎていきました。

「わっ、べっぴんさんやな~」

すぐさま撮影~📷

至近距離で彼女の後についていくと、あろうことか歩きながら、「アレ」をやり始めはったんです。

「大」の方です~😲

それも大量に~❗❗

普通は立ち止まってやるでしょうが。

想定外で、あまりの突然の事で避けることができず、右足を現物にズブリと踏み込んでしまった❗

こちらに来てからはずっと短パン姿で、裸足でビーチサンダル履き。

くるぶしまで埋没しましたがな~😵

右足に得もいわれぬ温かさが……。

被害レベルは「中」の上。

あわてて足を上げると、サンダルを「置き忘れる」可能性があるので、ゆるりゆるりと持ち上げました。

そしてリュックからトイレットペーパーを取り出しました。

インドでは、よほどの高級ホテル以外はトイレットペーパーがついてませんねん。

みな、「特殊な装置」による水洗いです。

安宿では手洗い~(笑)

だから、外国人にはトイレットペーパーが不可欠なんです。

道路脇で、必死のパッチで「現物」を取り除こうとするも、なかなかうまくいかない。

周りの人や通行人はどんな顛末になるのかとニヤニヤ笑うてはります。

かなんな(「かなわんな」の大阪弁です)~😣

気温は35度。

汗まみれですがな~😵💦

次の目的地マハーバリプラム行きのバスの時間が迫ってきていたので、とりあえず、足元に土をかぶせて「カモフラージュ」し、バスターミナルへ早足で直行。

瞬時によくぞこんな方法を思い浮かべたものだと我ながら感心しました。

なんでそうしたかと言うと、「現物」を踏んだことがバレるのが恥ずかしかったから(笑)。

右足をやや引きずりながら、加害者の「彼女」を追い抜いた際、「小」を放ってはりました。

しゃあない娘やな、ほんまにもう。

で、バスターミナルのトイレに駆け込み、大量の水を使ってきれいに洗い流すことができました。

インドの「大」のトイレでは、水をふんだんに使えます。

最後に消臭剤(?)の「8×4」を吹き付けて完了。

これなら、車内で「◯ン害」はないはず。

よっしゃ、これで大丈夫~❗

「運」がつくやろ~と気分を一新させ、乗り場に駆けつけると、乗るべき急行バスがすでに出ていました!!

ガーン~😵💤⤵

次の便は1時間後……。

待つしかしゃあないと覚悟を決めたら、バス会社のスタッフが「乗り換えでマハーバリプラムへ行けまっせ」とアドバイス。

そのバスに乗ると、すぐに発車。

しかしこのバス、鈍行でした。

まぁしゃあない。

典型的な田舎のバスです~🚌

リュックは運転席の横に置かせてもらいました。

車内は空席が目立ち、ええ塩梅~😁

途中、睡魔に襲われ、うとうとしていたら、車掌さんに起こされました。

終点のチェガルバトゥという町。

あわててショルダーバッグとカメラケースを抱えて飛び降りると、リュックを置き忘れたことに気づきました~❗

「えらいこっちゃ~❗」

このケース、昨年夏の北ドイツ・リューベック駅で電車の中にトランクを忘れたハプニングのバス・バージョンですがな。

ほんまに学習しまへんな。

車内に戻ろうとすると、車掌さんがリュックを持って出てきてくれはりました。

やれやれ、助かった❗

その時、何とも言えん顔をしてタミル語でひと言言われました。

それが「あんた、『ちょか』やな」というふうにぼくの耳には聞こえたんですが~😅

当たっているだけに頷くしかない。

「ミッカ・ナンドリ、ミッカ・ナンドリ」(タミル語で「ありがとうございます」の意味)。

その言葉を繰り返すしかなかったです~(笑)

バスターミナルの案内所で、マハーバリプラム行きのバス乗り場を聞いたら、今まさに発車したバスでした。

次のバスでもよかったんですが、反射的に動き出したバスに飛び乗った。

ラッキー!!

右手のバスに飛び乗りました!

ところが車内は満員~❗

しかも停車する度に人がどんどん乗り込んできます。

身動きとれまへんがな~😭

前回と今回のインド旅行を通じて、こんなに混み合うバスで立って乗ったのは初めて。

あの雌牛の「運」はどないなったんや~??

リュックが邪魔で仕方なかったのですが、物理的に背中から下ろすことができない。

周りの乗客に「ソーリー、ソーリー」と謝ると、皆さん、温顔で「ノープロブレム」。

この時ほど「ノープロブレム」の言葉に救われたことはなかったです~😁

1時間後、目的地のマハーバリプラムに到着。

さすがに車内の熱気とリュックの重さでいささかバテ気味~( ;∀;)

歩いて宿を探す気力も体力もなし。

近づいてきたリキシャのお兄さんに「どこかええ宿、ないやろか」と訊いたら、「オススメのゲストハウスを知ってるよ」との返答。

ありがたい❗

その宿に着いた時、運転手に言い値の運賃に加えてチップをたっぷりはずみました。

幸いダブルルームでしたが、部屋をゲット~✌

一泊朝食付きで1200円ほど。

2日泊まることにしました。

白人客がよく泊まっているみたいで、廊下で長身のカップルに出会いました。

スウェーデンからの観光客とか。

こちらに来て初めてインド人以外の人にお目にかかれました。

この宿のオーナーはクリスチャンでした。

その影響もあり、白人客が多いのかもしれません。

テラスは南仏プロヴァンスに居ているような明るい感じ。

部屋の壁に取り付けられたHITACHIの旧式クーラーは全く動かなかったけど、天井の扇風機が非常に心地よいです。

埃も舞い落ちてこない(笑)

こういう雰囲気、大好き。

だんだん「運」が向いてきたみたい❗

ベンカル湾に面したマハーバリプラムの町。

素敵なゲストハウスでちょっと昼寝したあと、何としても見たかった海岸寺院を訪れました。

8世紀初めに建てられたヒンドゥー教の石造建築です。

日本なら、奈良時代ですね。

所々、風化と潮風による浸食が目につきますが、長い間、原形を留めて耐え続けているのがすごい❗

ユネスコの世界遺産に登録されています。

この寺院を見るのが旅の目的の1つでした。

容赦なく照りつける熱射とベンカル湾から吹き付けるの強い潮風。

それに果敢に立ち向かっているようで、感動すら覚えます。

2つの祠に祀られているシヴァ神とヴィシュヌ神の為せる業なのでしょうか。

寺院の見学を堪能し、海辺に行こうとしたら、案の定、土産物売りの娘さんが待ち構えていました。

みな、ネックレスを売ってはります。

キュッと目尻を上げ、無視していたんですが、1人の小柄な女の子に捕まってしまった。

「1つ、100ルピー(約160円)です。友達の土産物にどうぞ」

いかにも安っぽいネックレス。

「ノー・サンキュー」を連発しても着いてくる。

「ほんまに要らんねん。ちょっとしつこいよ」と大阪弁でいかつく言っても効果なし。

こうなれば、最後の「奥の手」を使わなしゃあない。

ショルダーバッグから通天閣、大阪城、住吉大社の太鼓橋など大阪の絵はがきを取り出し、「3枚で100ルピーでどう?」。

逆に売りつけるんです~(笑)

想定外の切り返しとあって、前回の旅ではみな驚いて首を横に振りながら退散しはったんですが、彼女は興味深そうに絵はがきを眺めていました。

こういう絵ハガキが役に立ちます

「じゃあ、物々交換しましょう」

そう言われ、只でネックレスをゲットできました。

彼女の方も満足気~😁

よかった、よかった。

どうやら雌牛の「運」が効いてきたみたいです(笑)

海岸寺院の南側のビーチはインド人でいっぱい。

沐浴しているのかなと思ったら、何のことはない、波打ち際で水遊びをしてはりました。

のどかな光景です~😁

今度は北側のビーチに足を伸ばし、海岸寺院を望めるレストランでビール・ブレイク~🍻

潮風が何とも心地よく、最高のロケーション。

まさに至福のひと時でした。

そして今日の締めは、ここで捕れた魚の料理(アジかな?)とカレー、そして米を原料にしたドーサーの夕食。

ドーサは普通、巻いて筒状で出されるもんですが、この店ではクレープ状でした。

すごく美味しくて、朝のとんだトラブルを忘れさせ、1日の疲れを癒してくれました。

そして今、ベンカル湾に面した暗いビーチで、漁船のヘリに腰をかけて、心地良い潮風に当たりながら、このレポートを綴っています。

住民も涼みに来てはります。

ほんま、ええ塩梅ですわ~😁

結果オーライで今日は素晴らしかった。

やっぱりあの可愛いい雌牛との「出会い」のおかげかな~💕(笑)

5月 31

(2)南インド・タミルナードゥ州への旅~2日目(5月20日)

チェンナイのミニ・ホテル、不思議と快眠でき、朝、目覚めて表に出ると、34度~❗

早く暑さに慣れなあかんわ。

ホテルの前に牛たちがいました。

道理で夜中、モーモーという鳴き声がしていたはずや。

街中で飲んだチャイは最高でしたよ😃⤴⤴

一杯、10ルピー(約16円)。

人口約500万人の大都会チェンナイは朝からすごい活気❗

車のクラクションもうるさい~🚙🚗💨

路上で寝てはる人のそばにヤギの肉を売る店がありました。

ヒンドゥー教、イスラム教ともにヤギの肉は🆗なんですね。

こんな情景を目にすると、あぁ、インドに来たんやなぁ~と実感します~❗❗

スパイス系の独特な町の匂いもたまりません~(笑)

これからチェンナイを離れ、南西部の聖地カーンチープラムへバスで向かいます。

ホテルの近くからリキシャ(三輪タクシー)を捕まえてチェンナイのバスターミナルへ。

こちらではバススタンドと言います。

どういう訳か、運転手の友達も便乗しました(笑)

バスターミナルはバカでかい❗

どっから乗るのかわからへん~😓

5人に聞いて、やっとこさ次の目的地カーンチープラム行きのバス乗り場を見つけました。

バスはかなり老朽化してますなぁ~。

あっという間に満席になり、すし詰め状態になってきたのに、途中のバス停からお菓子売りのおじさんが乗り込んできて、果敢に商売してはりました。

すごい商魂!

約2時間乗って、料金は96円。

公共交通機関はボロクソに安いです~😁

まぁ、物価は日本の8分の1~10分の1なので、超安上がりです~😉

バス停がカーンチープラムの町中に入った時、「エアコン完備」の看板を掲げたホテルを車窓から発見し、下車後、すぐさま駆けつけ、「部屋、空いてますか?」

受付のお兄さんは「シングルはいっぱいやけど、ダブルなら空いてまっせ。料金はちょっと高なりますけど」

部屋代を聞くと、ざっと1500円。

全くノープロブレム~😁

前夜のことがあったので、部屋を見せてもらい、エアコンをチェック~(笑)

完璧に機能してました~✌

装置を見ると、TOSHIBA 製でしたわ❗

天井の大型扇風機も音がせず、埃も舞い落ちてきまへん。

ほんまに申し訳ないほど素晴らしい部屋ですわ。

もちろん、即、お金を払い、チェックインしました。

ルンルン気分で、昼飯を食べに外に出たら、牛さんが何か怖い顔でにらんではりました。

気温は40度を突破しています。

「このくそ暑いのに、異常にテンション上げるな~❗」

そんな感じでしたわ~(笑)

ホテルでチェックイン時、宿泊代を払ったら、現金がほとんどないことに気づきました。

こちらのホテルは現金による前払いが当たり前なんです。

クレジットカードが使えない店も多い。

チェンナイに到着時、空港の銀行で、「最低限」の日本円をインド・ルピーに両替しました。

何せレートが悪いと聞いていたから。

実際、そうでした~😭

「近くに両替屋、ありませんか?」

フロントのお兄さんに訊くと、「ここで両替できますよ」。

ありがたい❗

「何ドルを両替したいんですか?」

インドでは外貨=米ドル、あるいは英ポンドです。

「いや、米ドルを持ってませんねん。日本円とユーロだけ」

ユーロは「ケルト」の取材でヨーロッパに行く機会が多いので、うちにそこそこストックがあるんです(笑)。

「うーん、日本円とユーロですか……」

お兄さんはちょっと困惑気味。

「近くの貴金属店で両替してくれますよ。電話で伝えておきますさかい」

おそらく知り合いなのでしょうね。

で、その店へ行くと、3人の店員が待っていました。

みな、めちゃめちゃ愛想がええです。

壁には「笑顔がお金を生む❗」と英語で書かれた標語が貼られてありました~😁

どうやらユーロを見るのは初めてらしく、ぼくが差し出した100ユーロ紙幣を興味深くしげしげと眺めてはりました。

日本円はあまり関心がなさそう~😅

「じゃあ、200ユーロを替えてください」

ぼくがそう言うと、ボス格の男性がすぐさまどこかに電話しました。

「今日は銀行が休みで、最新のレートがわかりませんねん。ネットで調べまひょか」

そか、日曜日やった❗

そしてパソコンを操作。あとの2人はスマホで調べてはります。

3人で協議した結果、インド・ルピーのしかるべき額をメモに書いてくれはりました。

「この額でええですか?」

計算に弱いぼくでも、空港で両替した時よりもかなりの高レートというのがわかりました❗

「オーケー~👌」

快諾したら、いきなり握手~❗

びっくりポン~😲

しかも受け取ったインドの紙幣が驚くほどきれかった~❗

ガンジーさんに「シワ」がなく、輝いて見えました(笑)

ぼろぼろになった紙幣や破れかかっている紙幣が結構、多いんですよ~😅

受け取りの紙をぼくに渡すこともなく、貴金属店でこんな形で両替できるとは思わなんだ。

待っている間、チャイを出してくれ、女性の店員がずっと可愛らしい笑みを見せてくれ、至れり尽くせり。

「このお金で何か宝石を買うてくれまへんか」とも言われず、ほんま、気分がよかったです。

いい意味で期待を裏切ってくれ、ますますインドを好きになりそう~💓

この店、両替商の免許を持ってるんかな?

ヤミでやってるかもしれませんね。

でも、すべてノープロブレム~😁

現金をゲットでき、さぁ、昼飯にしよう。

ぶらぶら通りを歩き、典型的な大衆食堂に入りました。

注文したのはカーンチープラムの大衆食堂でチキン炒めソバ。

約150円。

もちろんカレー風味です。

ソバに突き立ったスプーンを使わず、手で食べましたよ~😉

添え物のタマネギの酢漬けと辛酸っぱいタレを適度にまぶすと、味が引き立ちました~😁

ヒンドゥー教はインドの人口の約8割を占めています。

北部と中部は長い間、ムスリム(イスラム教徒)の支配を受けたのに対し、南部はほとんど皆無でした。

だから南インドは土着信仰も絡み、ヒンドゥーの濃密な空気に覆われています。

今日、やって来たカーンチープラムはインド国内におけるヒンドゥー教の七大聖地の1つなので、各地から巡礼者が参拝しに来ます。

高校時代、ぼくはインドに感化されたビートルズのジョージ・ハリソンの影響を受けたのを機にこの国に興味を覚え、当然、ヒンドゥー教にも目が向きました。

現在、ヒンドゥー教は大雑把に言えば、世界を破壊し、創造する気性の激しいシヴァ神と世界を維持する穏やかなヴィシュヌ神の2つの神に支配されています。

ヒンドゥー寺院もほとんどどちらかを奉っています。

今日は午後から、「えせヒンドゥー教徒」になって町中にある5つの寺院をリキシャと徒歩で参詣してきました。

ゴープラムと呼ばれる巨大な塔門が南インドの寺院の特徴です。

びっしり刻み込まれたヒンドゥー神話のエピソードや神々の姿の数々。

思わず見とれてしまいます。

境内に入ると、寺院関係者と称し、法外な寄付金を要求する良からぬ輩もいますが、市役所から依頼されてボランティアでガイドを務めている人もいます。

ヴィシュヌ神の寺院(ヴァイクンタ・ベルマール寺院)で、そういう男性に分かりやすい英語で解説してもらい、いろいろ写真も撮ってもらいました。

ちょっとはしゃぎすぎましたが~😁

もちろん、帰り間際、ほんのお気持ちでチップ(寸志)をお渡ししましたが……。

街中の小さなシヴァ神の寺院で、エンジニア学校に通う学生と知り合いました。

「生まれた時から当たり前のように、シヴァ神を信仰しています。自分たちのパワーの源です」

こう言われ、ぼくはただただ相づちを打つだけ。

宗教が生活だけでなく、生き方そのものまでをも支配しているんですね。

この国の本質を知るには、やはり宗教的な人間になる必要があるな~と実感した次第です。

インドの灼熱をまともに受けたせいか、夕方になると、さすがにビールが欲しくなりました。

この国はお酒事情が極めて悪く、街中にバーはありません。

前回、ビールを求めて、あろうことか知らずにオカマバーに入ってしまったけれど(笑)、今回はちゃんと学習し、しかるべきところで飲めました。

それは町一番のホテルのバーです。

田舎町でもそういうホテルに行けば、飲めます。

カーンチープラムの「高級ホテル」のエアコンが効いたバーで、ギンギンに冷えたインド産のキングフッシャーで喉を潤すことができました~🍺

最高😃⤴⤴

それでも一本250円。

ちょっと妖し気な空間でしたが~😅

インドでは、お酒を嗜んでいるとき、やたらとゲップする人が多いんです。

前回も気になっていましたが、ほんまに多い~😲

日本や欧米ではお下品と見なされますよね。

こちらでは、お酒をちゃんと飲んでいる証しみたいな感じ。

帰国したら、馴染みのバーでゲップをやりまくろうかな(笑)

いっぺんに出入り禁止になりますね~(^^;)

体温を下げ、英気を養ったので、夜の寺院をお参りに行きます。

シヴァ神を祀るエーカンバラナータル寺院です。

大きなゴープラム、シヴァ神の乗り物ナンディー(牛)の銅像、そして本堂の内陣を取り囲むようにして安置されたシヴァ・リンガ。

リンガは「男根」です。

日本で言えば、道祖神ですね。

五穀豊穣と繁栄、活力を生み出す象徴。

若い女性の信者も恥ずかしがらず、お参りしてはります。

ヒンドゥー教の濃密な世界に浸り、妙に心が安らいだ日となりました。

5月 30

(1)南インド・タミルナードゥ州への旅 ~1日目(5月19日)

29日にインドから帰ってきました。

そのリポートを日記風にお送りします。

まずは初日から~(^_-)-☆

 ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

今日から南インド一人旅がスタート。

関西国際空港からマレーシア航空を利用してクアラルンプール経由で南インドの拠点、チェンナイ(旧マドラス)へ向かいます~✈

3年ぶり2度目の南インド。

前回は「還暦の記念」にインド亜大陸最南端のカニャークマリ(コモリン岬)で「イェーツ!!」と叫んできました~(^.^)/~~~

今回は南東部タミルナードゥ州を巡り(全て未知なる地)、懲りずに「ある場所」でまたも絶叫する予定です~(^_-)-☆

アホかいな(笑)。

仕事抜きの気楽な旅(のちに本業につながるかもしれませんが……)。

ある意味、「心の洗濯」をするのが真の目的かもしれません。

「洗練された中での秩序(日本)」から「混沌とした中での秩序(インド)」へ。

全く異なるベクトルの世界に身を置くと、いろんな面でリフレッシュできますから~😁

荷物は、前回同様、山登りをしている「ちょかBand」の相方、疋田さんから借りたリュックサック。

100%バックパッカーの旅です。

10日ばかりの旅なので、これで十分です。

ラッピングしたら、モスラの繭みたいになった~😲

いや、スーパーで売られているキャベツかな(笑)

クアラルンプールで6時間ほど待ち、チェンナイに到着したのが現地時間で午後11時すぎ。

空港の外に出た途端、猛烈な暑さと湿気に襲われ、メガネが曇ってしまった~((+_+))

深夜というのに、気温が35度~😲

空港を出たところ。猛烈な暑さ!!

インド南東部はこれから酷暑期に入ります。

ぞ~っ~😅

両替を済ませてから、今夜の宿へ直行。

ビザ申請で一泊目のホテルが必要だったので予約しましたが、あとは現地で適当に探します。

タクシーで向かえども、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりした末、ようやくたどり着きました。

街中にあるミニホテル。

宿泊費は日本円で約1000円。こちらでは中流ホテルですよ(笑)

三畳くらいの小さなシングルルーム。

幸いエアコンがありましたが、オンにすると、設定が18度で固定されてました~😓

「18度か止めるか」とスタッフに言われ、呆然~😲

これ、ONIDAというインドの家電メーカーの製品ですが、単に故障しているだけらしいです。

テレビも同じ状態~😭

ちゃんと修繕しとかんかい、ほんまに~😡⚡

「寒うなりはったら、エアコンを止めて、天井の扇風機を回してくださいな」

そう言われ、試しに扇風機を動かすと、すごい音と同時に埃が舞い落ちてきた~😲

こら、アカン。

窓もほぼ密閉状態なので、エアコンなしでは灼熱地獄~🔥

結局、エアコンを作動させ、シーツで体をくるんで寝ましたが、まさかインドでこんな体験をするとは思わなんだ😵

5月 18

明日から2度目の南インド放浪の旅~(^_-)-☆

明日から南インドへ旅立ちます。

3年ぶり2度目です。

還暦の記念に初めて訪れた前回は、ケララ州南部とタミル・ナードゥ州南部を巡ってきました。

インド亜大陸の最南端カニャークマリ(ロサリン岬)で「イェーツ!!」と叫んだ経験は大きな宝物になっています。

それが旅の目的でした!

今回は前回に訪れることができなかったタミル・ナードゥ州の北部を踏破してきます。

インド北部とは異なり、南インドはイスラムの影響が少なく、ヒンドゥーの濃密な世界に包まれています。

その中でもかなりヒンドゥー色の強いエリアです。

旅の目的は……。

「心の洗濯」です。

「洗練された中での秩序(日本)」から「混沌とした中での秩序(インド)」に身を置くと、背伸びしている自分を元の背丈に戻してくれ、気分もリフレッシュできます。

それは前回の旅で十分、味わいました。

関西国際空港からマレーシア航空でクアラルンプール経由、チェンナイへ向かいます。

大都会チェンナイは一泊だけして、すぐさま田舎へ逃れ、各地のヒンドゥー寺院を回ってくる予定です。

最終目標は、シヴァ神のリンガ(男根)そのものといわれるティルヴァンナマライのアルナーチャラ山(約800メートル)への登頂です。

山頂ではやはり「イェーツ!!」と絶叫します(笑)。

〈聖なる山〉とあって、土足厳禁、裸足で登らねばなりません。

苦行ですね(笑)

足の裏を負傷したら、潔く下山します。

何事も無理したらあきまへん~(^^;)

帰国は29日。

わずか10日ばかりの短い旅です。

ほんまは半年ほど居続けたいのですが、そういうわけにはいきません。

リュックサックは、前回同様、山登りをしている「ちょかBand」の相方、疋田さんから借りました。

このリュックで十分です。

旅の間、フェイスブックで随時、画像を盛り込んでレポートを投稿します。

帰国後、それをブログでもアップします。

だんだん気分が高揚してきた。

思う存分、満喫してきます。

イェーツ!!

4月 09

今月28日(土)、朝日カルチャーセンター中之島教室の特別講義『アイルランド物語』、追加講義のお知らせ~(^_-)-☆

朝日カルチャーセンター中之島教室の特別講座『アイルランド物語-歴史、文化、風土を知る-』。

3月3日開催分が満員御礼となり、聴きに来られなかった人たちのために急きょ、4月28日(土)に追加講座(定員40人)を開くことになりましたが、おかげさまでこちらも申し込みが相次いでいるようです。

興味を持たれている方、お早目にご予約してください~(^_-)-☆

2月 22

またインドに行ってきます~(^_-)-☆

よっしゃ、決めた!!

もういっぺんインドへ行ってきますわ!

3年前のこの時期、還暦の思い出にと南インドを放浪していました。

その時の写真を眺めていると、なぜかムラムラしてきて、居ても立っても居られなくなったのです~(笑)

南インド・ラーメーシュワラムで。

今度は前回訪れることのできなかったチェンナイ(マドラス)南方の田舎をゆるりゆるりと巡ってこようと思うてます。

その辺り、ヒンドゥーの世界が濃密に宿っています。

何とも混沌とした空気に身を委ねたくなったのです。

インド亜大陸南東部のタミールナドゥ州。

インドの大地がぼくを呼んでるぅ~~!!

とはいえ、仕事の予定がびっしり詰まっているので、長旅はとても無理。

スケジュールを調べると、5月後半に「空白域」のあるのがわかり、さっそく航空券(マレーシア航空)をゲットしました。

5月19日~29日。

短いですが、しゃあないです。

また取得するのに面倒なインド・ビザにチャレンジせなあきませんわ~(*_*;

2月 04

アイルランドの講座、満席になりました~(^_-)-☆

3月3日、朝日カルチャーセンター中之島教室で開催する特別講座『アイルランド物語ー歴史、文化、風土を知るー』が早くも満席に近い状況になっています。

びっくりポン~😲

アイルランドに興味を持っている人が存外に多いんですね~😁

ほんまにありがたいことです。

昨年の『スコットランド物語』よりも出足が好調とか。

満員御礼になれば、4月に同じ内容で追加講座をやってくださいと言われました。

やるっきゃない!

詳細が決まりましたら、お伝えします~(^_-)-☆

9月 04

4日~14日、デンマーク&北ドイツを巡ってきます~(^_-)-☆

世界で一番幸せな国。

国連の世界幸福度リポートで1位をキープしている国がデンマークです。

指標は以下の6つ。

① 1人当たりのGDP(国内総生産)

② 社会的支援

③ 健康寿命

④ 人生の選択と自由度

⑤ 寛容さ

⑥ 政府に対するチェック度

消費税が25%の高福祉高負担国家です。

外国人観光客が現地で病気やケガをしても医療費が無料~!!!

せやけど、ほんまに幸せなんやろか??

明日から「ケルト」の取材+見聞を広めるため、そのデンマークと北ドイツを旅してきます。

40数年前の学生時代、一度、首都コペンハーゲンを訪れました。

しかし厳冬期の2月とあって、凍てついた街を散策する気になれず、すぐにドイツのハンブルグに避難しました(笑)。

滞在時間は3時間~((+_+))

今回、2度目のデンマーク、楽しみにです。

帰宅は14日(木)。

ちなみに、日本の幸福度は53位、ドイツは16位です。

12月 20

エストニアの〈冬の時代〉……『こころに剣士を』

10年以上にわたり日本経済新聞の金曜夕刊で毎月2回、「シネマ万華鏡」(映画評?)を担当しています。

 

今年最後の作品はバルト3国のひとつエストニアを舞台にした『こころに剣士を』。

 

7年前、この国にケルト十字架があることを知り、それを確認するために訪れました。

 

場所は同国西部のヴォルムシィ島。

 

島に渡ると、教会のそばの林の中にケルト十字架が林立していました!

img_20161220_0006

そのとき滞在したのがハープサルという海辺の保養地でした。

img_20161220_0005

ここに入植した スウェーデン人の家屋も点在しています。

s_img_20161220_0003

このハープサルが映画の舞台です。

 

瀟洒な町で、バルト海からそよぐ潮風がとても心地よかったです。

 

チャイコフスキーも保養のために訪れ、この偉大な作曲家が坐ったベンチがありました。

img_20161220_0004

映画の中で重要な意味を持つ小ぎれいな駅舎は、鉄道博物館になっていました。

img_20161220_0002

 

img_20161220_0001

現在、エストニアは実に穏やかで、平和そのものですが、ソ連邦に属していた1950年代は陰鬱な空気に支配されていました。

 

本作は、そのときに起きた出来事を映画化したものです。

 

☆    ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

フェンシングに打ち込む児童と教師の交流。

 

といっても、爽やかなスポ根の学園ドラマではない。

 

バルト三国の1つエストニアのソ連時代での実話。

 

抑圧的な空気が充満する中、勇気ある決断が描かれる。

 

スターリン指導下の1950年代初頭、有名なフェンシング選手、エンデルが田舎町の小学校に体育教師として赴任する。

 

教え子と溶け込まず、常に孤独。

 

しかも何かに怯えている。

 

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

エストニアは戦前、ソ連の支配下に置かれ、第2次大戦直後にナチス・ドイツに占領され、大戦末期から再びソ連領になった。

 

独立は91年。大国に翻弄される小国の悲哀……。

 

エストニア人の彼は大戦中、ドイツ軍に徴兵されたことで、ソ連の秘密警察から追われていたのである。

 

当時、反ソ的・新欧米寄りの者、過去にドイツと関わった者は逮捕され、シベリアに送られていた。

 

非常に鬱屈した状況。

 

東独の諜報員の素顔に迫った『善き人のためのソナタ』(06年)と同様、この時代、ソ連主導下にあった国はどこも同じだった。

 

映画に通底する静謐なトーンがそれを如実に反映している。

 

フェンシングは騎士道精神を集約させたスポーツ。

 

なのに、現体制には不適切と見なす校長の反対を押し切り、エンデルがフェンシングの課外授業を始めた。

 

見た目は平凡な男が剣を手にするや、一転、凛々しい姿に変身。

 

実にカッコいい。

 

普通ならここで特訓シーンが入る。

 

ところが前述の理由で父親不在の過酷な家庭環境が映し出される。

 

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

大人の男を恋しがる子供たちの主人公を見る目は熱い。

 

「核となるテーマは子供の人生における大人の役割」

 

全国大会への出場の場面で、クラウス・ハロ監督の思いが全て昇華される。

 

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

何よりも子供たちの気持ちを尊重したエンデルの行動に胸が打たれる。

 

彼は真の騎士になれたのだ。

 

1時間39分

 

★★★★(見逃せない)

 

☆24日(土)からテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、1月21日(土)から京都シネマで公開

 

(日本経済新聞夕刊に2016年12月16日に掲載。許可のない転載は禁じます)

古い記事へ «

» 新しい記事へ