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5月 31

(2)南インド・タミルナードゥ州への旅~2日目(5月20日)

チェンナイのミニ・ホテル、不思議と快眠でき、朝、目覚めて表に出ると、34度~❗

早く暑さに慣れなあかんわ。

ホテルの前に牛たちがいました。

道理で夜中、モーモーという鳴き声がしていたはずや。

街中で飲んだチャイは最高でしたよ😃⤴⤴

一杯、10ルピー(約16円)。

人口約500万人の大都会チェンナイは朝からすごい活気❗

車のクラクションもうるさい~🚙🚗💨

路上で寝てはる人のそばにヤギの肉を売る店がありました。

ヒンドゥー教、イスラム教ともにヤギの肉は🆗なんですね。

こんな情景を目にすると、あぁ、インドに来たんやなぁ~と実感します~❗❗

スパイス系の独特な町の匂いもたまりません~(笑)

これからチェンナイを離れ、南西部の聖地カーンチープラムへバスで向かいます。

ホテルの近くからリキシャ(三輪タクシー)を捕まえてチェンナイのバスターミナルへ。

こちらではバススタンドと言います。

どういう訳か、運転手の友達も便乗しました(笑)

バスターミナルはバカでかい❗

どっから乗るのかわからへん~😓

5人に聞いて、やっとこさ次の目的地カーンチープラム行きのバス乗り場を見つけました。

バスはかなり老朽化してますなぁ~。

あっという間に満席になり、すし詰め状態になってきたのに、途中のバス停からお菓子売りのおじさんが乗り込んできて、果敢に商売してはりました。

すごい商魂!

約2時間乗って、料金は96円。

公共交通機関はボロクソに安いです~😁

まぁ、物価は日本の8分の1~10分の1なので、超安上がりです~😉

バス停がカーンチープラムの町中に入った時、「エアコン完備」の看板を掲げたホテルを車窓から発見し、下車後、すぐさま駆けつけ、「部屋、空いてますか?」

受付のお兄さんは「シングルはいっぱいやけど、ダブルなら空いてまっせ。料金はちょっと高なりますけど」

部屋代を聞くと、ざっと1500円。

全くノープロブレム~😁

前夜のことがあったので、部屋を見せてもらい、エアコンをチェック~(笑)

完璧に機能してました~✌

装置を見ると、TOSHIBA 製でしたわ❗

天井の大型扇風機も音がせず、埃も舞い落ちてきまへん。

ほんまに申し訳ないほど素晴らしい部屋ですわ。

もちろん、即、お金を払い、チェックインしました。

ルンルン気分で、昼飯を食べに外に出たら、牛さんが何か怖い顔でにらんではりました。

気温は40度を突破しています。

「このくそ暑いのに、異常にテンション上げるな~❗」

そんな感じでしたわ~(笑)

ホテルでチェックイン時、宿泊代を払ったら、現金がほとんどないことに気づきました。

こちらのホテルは現金による前払いが当たり前なんです。

クレジットカードが使えない店も多い。

チェンナイに到着時、空港の銀行で、「最低限」の日本円をインド・ルピーに両替しました。

何せレートが悪いと聞いていたから。

実際、そうでした~😭

「近くに両替屋、ありませんか?」

フロントのお兄さんに訊くと、「ここで両替できますよ」。

ありがたい❗

「何ドルを両替したいんですか?」

インドでは外貨=米ドル、あるいは英ポンドです。

「いや、米ドルを持ってませんねん。日本円とユーロだけ」

ユーロは「ケルト」の取材でヨーロッパに行く機会が多いので、うちにそこそこストックがあるんです(笑)。

「うーん、日本円とユーロですか……」

お兄さんはちょっと困惑気味。

「近くの貴金属店で両替してくれますよ。電話で伝えておきますさかい」

おそらく知り合いなのでしょうね。

で、その店へ行くと、3人の店員が待っていました。

みな、めちゃめちゃ愛想がええです。

壁には「笑顔がお金を生む❗」と英語で書かれた標語が貼られてありました~😁

どうやらユーロを見るのは初めてらしく、ぼくが差し出した100ユーロ紙幣を興味深くしげしげと眺めてはりました。

日本円はあまり関心がなさそう~😅

「じゃあ、200ユーロを替えてください」

ぼくがそう言うと、ボス格の男性がすぐさまどこかに電話しました。

「今日は銀行が休みで、最新のレートがわかりませんねん。ネットで調べまひょか」

そか、日曜日やった❗

そしてパソコンを操作。あとの2人はスマホで調べてはります。

3人で協議した結果、インド・ルピーのしかるべき額をメモに書いてくれはりました。

「この額でええですか?」

計算に弱いぼくでも、空港で両替した時よりもかなりの高レートというのがわかりました❗

「オーケー~👌」

快諾したら、いきなり握手~❗

びっくりポン~😲

しかも受け取ったインドの紙幣が驚くほどきれかった~❗

ガンジーさんに「シワ」がなく、輝いて見えました(笑)

ぼろぼろになった紙幣や破れかかっている紙幣が結構、多いんですよ~😅

受け取りの紙をぼくに渡すこともなく、貴金属店でこんな形で両替できるとは思わなんだ。

待っている間、チャイを出してくれ、女性の店員がずっと可愛らしい笑みを見せてくれ、至れり尽くせり。

「このお金で何か宝石を買うてくれまへんか」とも言われず、ほんま、気分がよかったです。

いい意味で期待を裏切ってくれ、ますますインドを好きになりそう~💓

この店、両替商の免許を持ってるんかな?

ヤミでやってるかもしれませんね。

でも、すべてノープロブレム~😁

現金をゲットでき、さぁ、昼飯にしよう。

ぶらぶら通りを歩き、典型的な大衆食堂に入りました。

注文したのはカーンチープラムの大衆食堂でチキン炒めソバ。

約150円。

もちろんカレー風味です。

ソバに突き立ったスプーンを使わず、手で食べましたよ~😉

添え物のタマネギの酢漬けと辛酸っぱいタレを適度にまぶすと、味が引き立ちました~😁

ヒンドゥー教はインドの人口の約8割を占めています。

北部と中部は長い間、ムスリム(イスラム教徒)の支配を受けたのに対し、南部はほとんど皆無でした。

だから南インドは土着信仰も絡み、ヒンドゥーの濃密な空気に覆われています。

今日、やって来たカーンチープラムはインド国内におけるヒンドゥー教の七大聖地の1つなので、各地から巡礼者が参拝しに来ます。

高校時代、ぼくはインドに感化されたビートルズのジョージ・ハリソンの影響を受けたのを機にこの国に興味を覚え、当然、ヒンドゥー教にも目が向きました。

現在、ヒンドゥー教は大雑把に言えば、世界を破壊し、創造する気性の激しいシヴァ神と世界を維持する穏やかなヴィシュヌ神の2つの神に支配されています。

ヒンドゥー寺院もほとんどどちらかを奉っています。

今日は午後から、「えせヒンドゥー教徒」になって町中にある5つの寺院をリキシャと徒歩で参詣してきました。

ゴープラムと呼ばれる巨大な塔門が南インドの寺院の特徴です。

びっしり刻み込まれたヒンドゥー神話のエピソードや神々の姿の数々。

思わず見とれてしまいます。

境内に入ると、寺院関係者と称し、法外な寄付金を要求する良からぬ輩もいますが、市役所から依頼されてボランティアでガイドを務めている人もいます。

ヴィシュヌ神の寺院(ヴァイクンタ・ベルマール寺院)で、そういう男性に分かりやすい英語で解説してもらい、いろいろ写真も撮ってもらいました。

ちょっとはしゃぎすぎましたが~😁

もちろん、帰り間際、ほんのお気持ちでチップ(寸志)をお渡ししましたが……。

街中の小さなシヴァ神の寺院で、エンジニア学校に通う学生と知り合いました。

「生まれた時から当たり前のように、シヴァ神を信仰しています。自分たちのパワーの源です」

こう言われ、ぼくはただただ相づちを打つだけ。

宗教が生活だけでなく、生き方そのものまでをも支配しているんですね。

この国の本質を知るには、やはり宗教的な人間になる必要があるな~と実感した次第です。

インドの灼熱をまともに受けたせいか、夕方になると、さすがにビールが欲しくなりました。

この国はお酒事情が極めて悪く、街中にバーはありません。

前回、ビールを求めて、あろうことか知らずにオカマバーに入ってしまったけれど(笑)、今回はちゃんと学習し、しかるべきところで飲めました。

それは町一番のホテルのバーです。

田舎町でもそういうホテルに行けば、飲めます。

カーンチープラムの「高級ホテル」のエアコンが効いたバーで、ギンギンに冷えたインド産のキングフッシャーで喉を潤すことができました~🍺

最高😃⤴⤴

それでも一本250円。

ちょっと妖し気な空間でしたが~😅

インドでは、お酒を嗜んでいるとき、やたらとゲップする人が多いんです。

前回も気になっていましたが、ほんまに多い~😲

日本や欧米ではお下品と見なされますよね。

こちらでは、お酒をちゃんと飲んでいる証しみたいな感じ。

帰国したら、馴染みのバーでゲップをやりまくろうかな(笑)

いっぺんに出入り禁止になりますね~(^^;)

体温を下げ、英気を養ったので、夜の寺院をお参りに行きます。

シヴァ神を祀るエーカンバラナータル寺院です。

大きなゴープラム、シヴァ神の乗り物ナンディー(牛)の銅像、そして本堂の内陣を取り囲むようにして安置されたシヴァ・リンガ。

リンガは「男根」です。

日本で言えば、道祖神ですね。

五穀豊穣と繁栄、活力を生み出す象徴。

若い女性の信者も恥ずかしがらず、お参りしてはります。

ヒンドゥー教の濃密な世界に浸り、妙に心が安らいだ日となりました。

5月 30

(1)南インド・タミルナードゥ州への旅 ~1日目(5月19日)

29日にインドから帰ってきました。

そのリポートを日記風にお送りします。

まずは初日から~(^_-)-☆

 ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

今日から南インド一人旅がスタート。

関西国際空港からマレーシア航空を利用してクアラルンプール経由で南インドの拠点、チェンナイ(旧マドラス)へ向かいます~✈

3年ぶり2度目の南インド。

前回は「還暦の記念」にインド亜大陸最南端のカニャークマリ(コモリン岬)で「イェーツ!!」と叫んできました~(^.^)/~~~

今回は南東部タミルナードゥ州を巡り(全て未知なる地)、懲りずに「ある場所」でまたも絶叫する予定です~(^_-)-☆

アホかいな(笑)。

仕事抜きの気楽な旅(のちに本業につながるかもしれませんが……)。

ある意味、「心の洗濯」をするのが真の目的かもしれません。

「洗練された中での秩序(日本)」から「混沌とした中での秩序(インド)」へ。

全く異なるベクトルの世界に身を置くと、いろんな面でリフレッシュできますから~😁

荷物は、前回同様、山登りをしている「ちょかBand」の相方、疋田さんから借りたリュックサック。

100%バックパッカーの旅です。

10日ばかりの旅なので、これで十分です。

ラッピングしたら、モスラの繭みたいになった~😲

いや、スーパーで売られているキャベツかな(笑)

クアラルンプールで6時間ほど待ち、チェンナイに到着したのが現地時間で午後11時すぎ。

空港の外に出た途端、猛烈な暑さと湿気に襲われ、メガネが曇ってしまった~((+_+))

深夜というのに、気温が35度~😲

空港を出たところ。猛烈な暑さ!!

インド南東部はこれから酷暑期に入ります。

ぞ~っ~😅

両替を済ませてから、今夜の宿へ直行。

ビザ申請で一泊目のホテルが必要だったので予約しましたが、あとは現地で適当に探します。

タクシーで向かえども、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりした末、ようやくたどり着きました。

街中にあるミニホテル。

宿泊費は日本円で約1000円。こちらでは中流ホテルですよ(笑)

三畳くらいの小さなシングルルーム。

幸いエアコンがありましたが、オンにすると、設定が18度で固定されてました~😓

「18度か止めるか」とスタッフに言われ、呆然~😲

これ、ONIDAというインドの家電メーカーの製品ですが、単に故障しているだけらしいです。

テレビも同じ状態~😭

ちゃんと修繕しとかんかい、ほんまに~😡⚡

「寒うなりはったら、エアコンを止めて、天井の扇風機を回してくださいな」

そう言われ、試しに扇風機を動かすと、すごい音と同時に埃が舞い落ちてきた~😲

こら、アカン。

窓もほぼ密閉状態なので、エアコンなしでは灼熱地獄~🔥

結局、エアコンを作動させ、シーツで体をくるんで寝ましたが、まさかインドでこんな体験をするとは思わなんだ😵

5月 18

明日から2度目の南インド放浪の旅~(^_-)-☆

明日から南インドへ旅立ちます。

3年ぶり2度目です。

還暦の記念に初めて訪れた前回は、ケララ州南部とタミル・ナードゥ州南部を巡ってきました。

インド亜大陸の最南端カニャークマリ(ロサリン岬)で「イェーツ!!」と叫んだ経験は大きな宝物になっています。

それが旅の目的でした!

今回は前回に訪れることができなかったタミル・ナードゥ州の北部を踏破してきます。

インド北部とは異なり、南インドはイスラムの影響が少なく、ヒンドゥーの濃密な世界に包まれています。

その中でもかなりヒンドゥー色の強いエリアです。

旅の目的は……。

「心の洗濯」です。

「洗練された中での秩序(日本)」から「混沌とした中での秩序(インド)」に身を置くと、背伸びしている自分を元の背丈に戻してくれ、気分もリフレッシュできます。

それは前回の旅で十分、味わいました。

関西国際空港からマレーシア航空でクアラルンプール経由、チェンナイへ向かいます。

大都会チェンナイは一泊だけして、すぐさま田舎へ逃れ、各地のヒンドゥー寺院を回ってくる予定です。

最終目標は、シヴァ神のリンガ(男根)そのものといわれるティルヴァンナマライのアルナーチャラ山(約800メートル)への登頂です。

山頂ではやはり「イェーツ!!」と絶叫します(笑)。

〈聖なる山〉とあって、土足厳禁、裸足で登らねばなりません。

苦行ですね(笑)

足の裏を負傷したら、潔く下山します。

何事も無理したらあきまへん~(^^;)

帰国は29日。

わずか10日ばかりの短い旅です。

ほんまは半年ほど居続けたいのですが、そういうわけにはいきません。

リュックサックは、前回同様、山登りをしている「ちょかBand」の相方、疋田さんから借りました。

このリュックで十分です。

旅の間、フェイスブックで随時、画像を盛り込んでレポートを投稿します。

帰国後、それをブログでもアップします。

だんだん気分が高揚してきた。

思う存分、満喫してきます。

イェーツ!!

4月 09

今月28日(土)、朝日カルチャーセンター中之島教室の特別講義『アイルランド物語』、追加講義のお知らせ~(^_-)-☆

朝日カルチャーセンター中之島教室の特別講座『アイルランド物語-歴史、文化、風土を知る-』。

3月3日開催分が満員御礼となり、聴きに来られなかった人たちのために急きょ、4月28日(土)に追加講座(定員40人)を開くことになりましたが、おかげさまでこちらも申し込みが相次いでいるようです。

興味を持たれている方、お早目にご予約してください~(^_-)-☆

2月 22

またインドに行ってきます~(^_-)-☆

よっしゃ、決めた!!

もういっぺんインドへ行ってきますわ!

3年前のこの時期、還暦の思い出にと南インドを放浪していました。

その時の写真を眺めていると、なぜかムラムラしてきて、居ても立っても居られなくなったのです~(笑)

南インド・ラーメーシュワラムで。

今度は前回訪れることのできなかったチェンナイ(マドラス)南方の田舎をゆるりゆるりと巡ってこようと思うてます。

その辺り、ヒンドゥーの世界が濃密に宿っています。

何とも混沌とした空気に身を委ねたくなったのです。

インド亜大陸南東部のタミールナドゥ州。

インドの大地がぼくを呼んでるぅ~~!!

とはいえ、仕事の予定がびっしり詰まっているので、長旅はとても無理。

スケジュールを調べると、5月後半に「空白域」のあるのがわかり、さっそく航空券(マレーシア航空)をゲットしました。

5月19日~29日。

短いですが、しゃあないです。

また取得するのに面倒なインド・ビザにチャレンジせなあきませんわ~(*_*;

2月 04

アイルランドの講座、満席になりました~(^_-)-☆

3月3日、朝日カルチャーセンター中之島教室で開催する特別講座『アイルランド物語ー歴史、文化、風土を知るー』が早くも満席に近い状況になっています。

びっくりポン~😲

アイルランドに興味を持っている人が存外に多いんですね~😁

ほんまにありがたいことです。

昨年の『スコットランド物語』よりも出足が好調とか。

満員御礼になれば、4月に同じ内容で追加講座をやってくださいと言われました。

やるっきゃない!

詳細が決まりましたら、お伝えします~(^_-)-☆

9月 04

4日~14日、デンマーク&北ドイツを巡ってきます~(^_-)-☆

世界で一番幸せな国。

国連の世界幸福度リポートで1位をキープしている国がデンマークです。

指標は以下の6つ。

① 1人当たりのGDP(国内総生産)

② 社会的支援

③ 健康寿命

④ 人生の選択と自由度

⑤ 寛容さ

⑥ 政府に対するチェック度

消費税が25%の高福祉高負担国家です。

外国人観光客が現地で病気やケガをしても医療費が無料~!!!

せやけど、ほんまに幸せなんやろか??

明日から「ケルト」の取材+見聞を広めるため、そのデンマークと北ドイツを旅してきます。

40数年前の学生時代、一度、首都コペンハーゲンを訪れました。

しかし厳冬期の2月とあって、凍てついた街を散策する気になれず、すぐにドイツのハンブルグに避難しました(笑)。

滞在時間は3時間~((+_+))

今回、2度目のデンマーク、楽しみにです。

帰宅は14日(木)。

ちなみに、日本の幸福度は53位、ドイツは16位です。

12月 20

エストニアの〈冬の時代〉……『こころに剣士を』

10年以上にわたり日本経済新聞の金曜夕刊で毎月2回、「シネマ万華鏡」(映画評?)を担当しています。

 

今年最後の作品はバルト3国のひとつエストニアを舞台にした『こころに剣士を』。

 

7年前、この国にケルト十字架があることを知り、それを確認するために訪れました。

 

場所は同国西部のヴォルムシィ島。

 

島に渡ると、教会のそばの林の中にケルト十字架が林立していました!

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そのとき滞在したのがハープサルという海辺の保養地でした。

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ここに入植した スウェーデン人の家屋も点在しています。

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このハープサルが映画の舞台です。

 

瀟洒な町で、バルト海からそよぐ潮風がとても心地よかったです。

 

チャイコフスキーも保養のために訪れ、この偉大な作曲家が坐ったベンチがありました。

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映画の中で重要な意味を持つ小ぎれいな駅舎は、鉄道博物館になっていました。

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現在、エストニアは実に穏やかで、平和そのものですが、ソ連邦に属していた1950年代は陰鬱な空気に支配されていました。

 

本作は、そのときに起きた出来事を映画化したものです。

 

☆    ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

フェンシングに打ち込む児童と教師の交流。

 

といっても、爽やかなスポ根の学園ドラマではない。

 

バルト三国の1つエストニアのソ連時代での実話。

 

抑圧的な空気が充満する中、勇気ある決断が描かれる。

 

スターリン指導下の1950年代初頭、有名なフェンシング選手、エンデルが田舎町の小学校に体育教師として赴任する。

 

教え子と溶け込まず、常に孤独。

 

しかも何かに怯えている。

 

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

エストニアは戦前、ソ連の支配下に置かれ、第2次大戦直後にナチス・ドイツに占領され、大戦末期から再びソ連領になった。

 

独立は91年。大国に翻弄される小国の悲哀……。

 

エストニア人の彼は大戦中、ドイツ軍に徴兵されたことで、ソ連の秘密警察から追われていたのである。

 

当時、反ソ的・新欧米寄りの者、過去にドイツと関わった者は逮捕され、シベリアに送られていた。

 

非常に鬱屈した状況。

 

東独の諜報員の素顔に迫った『善き人のためのソナタ』(06年)と同様、この時代、ソ連主導下にあった国はどこも同じだった。

 

映画に通底する静謐なトーンがそれを如実に反映している。

 

フェンシングは騎士道精神を集約させたスポーツ。

 

なのに、現体制には不適切と見なす校長の反対を押し切り、エンデルがフェンシングの課外授業を始めた。

 

見た目は平凡な男が剣を手にするや、一転、凛々しい姿に変身。

 

実にカッコいい。

 

普通ならここで特訓シーンが入る。

 

ところが前述の理由で父親不在の過酷な家庭環境が映し出される。

 

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

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大人の男を恋しがる子供たちの主人公を見る目は熱い。

 

「核となるテーマは子供の人生における大人の役割」

 

全国大会への出場の場面で、クラウス・ハロ監督の思いが全て昇華される。

 

© 2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM

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何よりも子供たちの気持ちを尊重したエンデルの行動に胸が打たれる。

 

彼は真の騎士になれたのだ。

 

1時間39分

 

★★★★(見逃せない)

 

☆24日(土)からテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸、1月21日(土)から京都シネマで公開

 

(日本経済新聞夕刊に2016年12月16日に掲載。許可のない転載は禁じます)

11月 21

12月17日(土)、朝日カルチャーセンター中之島教室で開催、『スコットランド物語』~(^^♪

ついに中之島デビュー~!

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朝日カルチャーセンターとご縁ができ、これまで千里教室、芦屋教室、川西教室で「ケルト」関連の講座を随時、開いてきました。

 

今回、12月17日(土)、やっと「本丸」の中之島教室でお話しすることになりました。

 

演題は『スコットランド物語~歴史、風土、文化を知る』。

 

英国がEU(欧州連合)離脱を決め、再び注目されてきたスコットランドを大所高所から斬りまくります~(^_-)-☆

 

最近、拙著『大阪「映画」事始め』(彩流社)に関連したことばかりアップしていますが、ライフワークの「ケルト」を忘れているわけではありません~(#^.^#)

 

受講された皆さんには300%満足いただける濃密な内容になるはずです。

 

ウイスキーの試飲もついていますよ~!

 

ご関心のある方、中之島に足を運んでください~(^.^)/~~~

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9月 13

スペインひとり旅(最終回)

マドリッドの空港からエミレーツ航空で帰国の途に就きます。

日本到着は10日の17時すぎ。

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実質8日間の短い旅でしたが、思いのほか「ケルト」取材の収穫があり、マドリッド以外は初めての地だったので、とても新鮮でした。

思い起こせば、17年前…。

北西部ガリシアで20数日間、みっちり「ケルト」を取材し、その後、ポルトガルを北から南まで列車で縦断。

途中、あちこちに立ち寄り、国境の村へ。

そこでスペイン側の国境の町(バダホス)行きのバスに乗り遅れ、何とかタクシーで越境しました(笑)

そして、南部アンダルシアを10日間ほど放浪。

英領ジブラルタルにも足を向け、アフリカ大陸をうっすら目にしました。

何とトータルで40日間もイベリア半島をうろうろしていました~(*_*)

当時、あまり仕事がなかったので(笑)、時間のゆとりがあったんですね。

あのころと比べ、スペインは全てにおいて実にスマートになっていました。

駅やバスターミナルに着くと、必ずややこしそうな人が近づいて来たのに、今回はタクシーの呼び込みもなし。

いや、昨夜、ほろ酔い気分でマドリッドの路地を歩いていたら、自称サウジアラビア人という青年に「日本人でしょ。日本に何回も行ったことがある。そこに美味しい寿司屋があるので、案内しましょう」と英語で声をかけられました。

生ハムの余韻に浸ってるのに、何で寿司やねん~(>_<)

それに明らかに怪しい。

「ノーサンキュー」と断っても、しつこく着いてくるので、はっきり言うたった~❗

「日本人とちゃいます。ヒマラヤのブータンから来ました」

そのお兄ちゃん、目が点になり、足早に去って行きましたわ~(笑)

閑話休題ーー。

1999年当時、よほど東洋人が珍しかったのか、どこに行ってもジロジロ好奇の視線を浴びていましたが、それも皆無。

時代の流れですね~。

スペインの人は総じて基本的に明るく、愛想がいいですね。

昨夜のバルのお姉さんがその典型。

それに喋りも多い~(*^^*)

こうした気取りのない庶民性がぼくにはすごく心地いいです。

ほんま、大阪人とおんなじですわ~(笑)

スペイン語が大阪弁に聞こえて仕方なかった~(^-^)v

他によく似た国はアイルランド、南イタリア、ギリシャ、ルーマニア~かな。

やはりアイルランド以外はラテン系ですね。

今回はマドリッド以北の限られたエリアでした。

アンダルシアの濃密な風土に比べると、いかんせん淡彩に感じられましたが、それでもお隣のポルトガル人からすると、かなり開放的で熱い。

じゃあ、イタリア人と比較したらどうか?

北イタリアの人よりずっと体温が高く、南イタリアの人とほぼ同等かもしれない。

イチビリ具合はアイルランド人の方が上~(笑)

何を比較してんねん~(*_*)

それにしても、今回の旅ではよく飲みました。

トータルでバルを何軒回ったのかわかりません。

昼はビールかワインとタパスが当たり前。

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平日というのに、昼前から飲んではる人もぎょうさん見かけまして、それにつられ、ぼくも何回か「朝酒」しました~(笑)

シェリー酒とはほんま、縁がなかったです。

スペイン=シェリー酒と思っている人が多いかもしれませんが、バルに置いてないんですよ。

今、ビールを飲んでいるマドリッド空港のバルにもありまへん~(>_<)

結局、スペインに来て一度もシェリーを口にしなかった~。

前回はアンダルシアでイヤというほど飲みまくったのに~。

今回訪れた地域は北部ということもあり、「シェリー=アンダルシアの地酒」のイメージが強いのでしょうかね。

日本のスパニッシュ・バルは結構、シェリーをメインにしているお店が多く、アンダルシアに特化しているのがよくわかりました~。

まぁ、そんなこんなで、ハプニングはいろいろあったけれど、これといったトラブルもなく、体調を崩すこともなく、多くの出会いがあり、ほんま、素晴らしい旅になりました~(*^^*)

行き当たりばったりの旅が、ぼくにはやっぱり一番性に合うているなと改めて実感。

いつもこんな感じですが~(笑)

旅の醍醐味もそこにあるのではないかと思うてます。

今回の取材成果は、ここ数年、続けてきた古代ケルトの旅の一環として来年辺り、一冊の本にまとめる予定です。

つまりベネルクス3国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)、ポルトガル南部、フランス南西部、ドイツ南西部、そして今回のスペイン・メセタ(中央台地)。

「ケルト」の取材……、古巣新聞社を辞めた1995年から毎年欠かさず続けています。

このトランク、ボロホロになってきましたが、よぉ持ち堪えてますわ。

来年はどこになるのでしょうか?

「愛読」してくださり、ありがとうございました❗❗

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