知性に裏打ちされた会話劇。
膨大なセリフが全編を包み込む。
洗練された演出が人物と風景を同化させ、深淵な人間ドラマに仕上げた。
世界的に知られるトルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の日本初公開作品。
キノコ状の奇岩で有名な世界遺産カッパドキアでの物語。
歪んだ心象風景を表出した独特な映像美に目が釘付けになる。
舞台俳優を引退した初老のアイドゥンは父親の遺産で洞窟ホテルや借家業を営んでいる。
地元紙にコラムも書き、悠々自適の日々。
温室にいるせいか、人生に疲れたのか、覇気がない。
年下の美しい妻、離婚して出戻ってきた妹、家賃滞納から思わぬ恨みを買った借家の家族。
限られた人間関係の中で歯車が狂い出す。
とはいえ、ドラマ性には乏しい。
チェーホフの劇のごとく当人たちの会話を丁寧にすくい取っていくだけ。
それも主に室内で濃厚に。
字幕が追いつかないほど言葉があふれ出る。
悠長な語りで、なかなか要点を言わない。
正直、息苦しい。
だからこそ言霊のように胸に突き刺さるのだろう。
最大の見せ場は夫婦のやり取り。
自分の資産を使って慈善活動を続ける妻にアイドゥンが不満をぶつける。
それに対し、価値観の相違を楯に彼女が反論。
悲観と絶望が渦巻き、夫は次第に自己喪失に陥る。
妻にせよ妹にせよ、女性が強い。
寛容な性格の裏に潜む能天気で傲慢な面を彼女たちに見抜かれた主人公はたじたじ。
この防戦一方の対話が何ともおかしい。
キーワードはすれ違いによる感情のねじれ。
妻が借家人に大金を渡す場面が象徴的だった。
相手の心を読めない思慮の浅さを見事に露呈していた。
憂鬱の向こうに灯る希望。
そこに人生の本質があるというのか。
演劇然としているが、雪に閉ざされた冬の光景によって重厚な映画になった。
3時間16分。
★★★(見応えあり)
☆11日からシネ・リーブル梅田、京都シネマ。8月1日からシネ・リーブル神戸で公開
(日本経済新聞2015年7月10日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)