武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

トルコ・カッパドキアを舞台にした深淵な人間ドラマ『雪の轍』

投稿日:

雪の轍チラシ

 

知性に裏打ちされた会話劇。

 

膨大なセリフが全編を包み込む。

 

洗練された演出が人物と風景を同化させ、深淵な人間ドラマに仕上げた。

 

世界的に知られるトルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の日本初公開作品。

 

キノコ状の奇岩で有名な世界遺産カッパドキアでの物語。

 

歪んだ心象風景を表出した独特な映像美に目が釘付けになる。

 

©2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinéma NBC Film

©2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinéma NBC Film

舞台俳優を引退した初老のアイドゥンは父親の遺産で洞窟ホテルや借家業を営んでいる。

 

地元紙にコラムも書き、悠々自適の日々。

 

温室にいるせいか、人生に疲れたのか、覇気がない。

 

年下の美しい妻、離婚して出戻ってきた妹、家賃滞納から思わぬ恨みを買った借家の家族。

 

©2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinéma NBC Film

©2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinéma NBC Film

限られた人間関係の中で歯車が狂い出す。

 

とはいえ、ドラマ性には乏しい。

 

チェーホフの劇のごとく当人たちの会話を丁寧にすくい取っていくだけ。

 

それも主に室内で濃厚に。

 

字幕が追いつかないほど言葉があふれ出る。

 

悠長な語りで、なかなか要点を言わない。

 

正直、息苦しい。

 

だからこそ言霊のように胸に突き刺さるのだろう。

 

最大の見せ場は夫婦のやり取り。

 

©2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinéma NBC Film

©2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinéma NBC Film

自分の資産を使って慈善活動を続ける妻にアイドゥンが不満をぶつける。

 

それに対し、価値観の相違を楯に彼女が反論。

 

悲観と絶望が渦巻き、夫は次第に自己喪失に陥る。

 

妻にせよ妹にせよ、女性が強い。

 

寛容な性格の裏に潜む能天気で傲慢な面を彼女たちに見抜かれた主人公はたじたじ。

 

©2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinéma NBC Film

©2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinéma NBC Film

この防戦一方の対話が何ともおかしい。

 

キーワードはすれ違いによる感情のねじれ。

 

妻が借家人に大金を渡す場面が象徴的だった。

 

相手の心を読めない思慮の浅さを見事に露呈していた。

 

憂鬱の向こうに灯る希望。

 

そこに人生の本質があるというのか。

 

©2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinéma NBC Film

©2014 Zeyno Film Memento Films Production Bredok Film Production Arte France Cinéma NBC Film

演劇然としているが、雪に閉ざされた冬の光景によって重厚な映画になった。

 

3時間16分。

 

★★★(見応えあり)

 

☆11日からシネ・リーブル梅田、京都シネマ。8月1日からシネ・リーブル神戸で公開

 

(日本経済新聞2015年7月10日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

-映画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

こだわりの映像~本格時代劇『散り椿』

こだわりの映像~本格時代劇『散り椿』

作家、葉室麟の同名小説を映画化した本格時代劇。 主人公の凛とした生き方に胸が衝かれる。 カメラマン木村大作の監督第3作目。 ストイックなこだわりの映像が際立つ。 ©2018「散り椿」製作委員会 葉室原 …

記者魂をあぶり出した『スポットライト 世紀のスクープ』(15日公開)

記者魂をあぶり出した『スポットライト 世紀のスクープ』(15日公開)

今年のアカデミー賞で作品賞と脚本賞に輝いたアメリカ映画『スポットライト 世紀のスクープ』。   本当に見ごたえのある映画でした。   ぼくの記者体験をまじえ、この作品についてあれこ …

ハロウィーンの夜に、ウイスキー評論家、土屋守さんと映画対談

ハロウィーンの夜に、ウイスキー評論家、土屋守さんと映画対談

昨夜は、ハロウィーンとあって、けったいな格好をした若者たちが街を歩き回っていましたね。   元々はケルトの歳時記。   それが日本では商業主義と結びつき、お祭り騒ぎになってしまいま …

知人の映画研究家、吉田はるみさんが『アリスのいた映画史』(彩流社)を出版!

知人の映画研究家、吉田はるみさんが『アリスのいた映画史』(彩流社)を出版!

アリス・ギイ——。 世界初の女性映画監督なのに、彼女の存在も、どんな作品を撮ったのかも、ほとんど知られていません。 なぜか――?? ぼくの知人の映画研究家、吉田はるみさんがそこにメスを入れ、『アリスの …

人間の本質を突く問題作~『ザ・スクエア 思いやりの聖域』

人間の本質を突く問題作~『ザ・スクエア 思いやりの聖域』

これは誠にけったいな映画でした。 28日から公開される『ザ・スクエア 思いやりの聖域』。 昨年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞した悲喜劇です。 世界的に注目を浴びるスウェーデンの名匠リュー …

プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。