芸術の秋。
ぼくは絵画が大好きです。
学生時代、ヨーロッパへ放浪の旅に出かけたとき、映画のロケ地巡りとともに各地にある美術館に足を運び、ホンモノの絵画から放たれる〈オーラ〉に胸が打たれました。
その中で、心が癒されたのが印象派の画家たちの作品。
ルノワールは、ある意味、印象派のシンボル的な存在です。
そのことをこの映画を観て、改めて実感しました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この世の全てが穏やかな光に包まれている。
煌くような暖色の画調を確立させた印象派の巨匠ルノワール(1841~1919年)。
この画家の晩年に大きな影響を与えた女性に焦点を当て、名画誕生の秘密に迫る。
彼女の名はアンドレ(クリスタ・テレ)。
第1次大戦中の1915年、南仏にあるルノワール(ミシェル・ブーケ)の邸宅を訪ね、最後のモデルになった。
門をくぐった時に彼女が目にした情景の何と眩いこと。
フワッと陽炎が立ち上り、光が踊っている。
まるで楽園のよう。思わず息を呑んだ。
老画家はしかし、関節炎で自由の利かなくなった手に包帯を縛りつけ、車椅子に座ったまま絵筆を握る。
実に痛ましい。
それでも嬉々とした表情を見せ、威厳と高貴さをのぞかせる。
貧困、絶望、死といった負の面をあえて見ず、一途に幸福な世界を画布に投影させる。
能天気と言えばそれまでだが、そこにルノワール芸術の本質が潜んでいることがわかる。
アンドレに対し、モデル以上の感情を匂わせる画家の前に二男ジャン(ヴァンサン・ロティエ)が現れる。
戦場で足を撃たれ、少尉に昇進しての帰還だった。
平和な空間に戦争の毒気が注ぎ込まれ、にわかに不穏な雰囲気が立ち込める。
そこで露見する父子の確執。
息子とアンドレとの間に恋情が芽生えるだけになおさらドラマ性が高まる。
そんな中、草地に豊満な裸婦が横たわる代表作「欲女たち」が描かれる。
モデルの1人がアンドレ。
狙いは何か。
光と色彩による美の極致。
絵画そのものと言えるほど完璧な映像だった。
人生の目標がなく、偉大な父のプレッシャーに苦悶するジャン。
その彼が後にフランス映画界の大監督になる契機が明かされる。
絵画と映画の接点をヒロインに見た。
秋にふさわしい映画。
監督はジル・ブルドス。
1時間51分。
★★★★(見逃せない)
☆大阪ではテアトル梅田ほかで公開
(日本経済新聞2013年10月4日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)