この時期になると、戦争に絡む映画やドラマが多いですね。
前回の『終戦のエンペラー』は国体と歴史に関わる話でしたが、この『少年H』は一家族の物語。
そこに戦争の愚かしさが如実に描かれています。
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ミリオンセラーになった妹尾河童の自伝的小説をいかに映画化したのか。
それが最大の関心事だったが、膨大な情報量を巧みに処理し、テレビドラマとはまた違った、奥深い映像を生み出した。
監督は降旗康男。
昭和10年代。
戦争へと突き進む、息苦しく硬直化した時代。
異国情緒で知られる神戸が舞台とはいえ、妹尾一家はいたって庶民的な町で暮らしている。
肇(吉岡竜輝)は利発で正義感が強い少年だ。
名前のイニシャル「H」の文字が躍る赤いセーターを着て、恥ずかしそうに通学する。
本作ではしかし、肇が主人公ではない。
自宅にミシンを置き、独りで紳士服仕立屋を営む父親、盛夫(水谷豊)の毅然とした姿に焦点を当てる。
妻の敏子に扮するのが伊藤蘭。
実夫婦の共演が一興を添える。
この父親が実にリベラルな人物。
顧客の多くが外国人で、しかも一家がキリスト教徒とあって、次第に世間から白い目で見られていく。
そんな逆境の中でも、安易に時流に乗らず、生きる指針を変えない。
自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の言葉で語る。
学校でいじられる息子にそのことを懇々と言い聞かす場面はズシリと心に響いた。
開戦後も、スパイ容疑で憲兵に連行されようが、信念は曲げない。
時代が時代だけに並外れた勇気がいる。
国が良からぬ方向に堕ちていく時こそ、こんな気概を持った人間が必要なのだ。
映画はそこを強くt突いてくる。
ある意味、理想的な父親像だ。
それを水谷が真正面から実直に演じた。
適役だと思う。
肇のひたむきさと凛々しさを体中から発散させた子役の演技も秀逸。
家庭の団らんをあっ気なく崩壊させ、盛夫を自失状態に至らしめた戦争。
哀しいエピソードの数々が胸を突く。
だからこそラストで描かれた希望が輝くのだ。
2時間2分
★★★(見応えあり)
☆8月10日(土) 全国東宝系ロードショー
(日本経済新聞2013年8月9日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)