まさかと思いながら、この映画は感動しました。
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11年の歳月をかけ、常識を打ち破った男の奮闘記である。
決して諦めない気概と妻の献身愛に胸が打たれる。
エネルギッシュな俳優の演技とこなれた演出が絡み合い、理屈抜きに元気をもらえる映画に仕上がった。
リンゴは非常にデリケートな果物で、農薬なしでは育たないという。
それを青森県弘前のリンゴ農家、木村秋則さんが無農薬で実らせた。
本作はその取り組みを再現したものだ。
まず動機に惹かれた。妻の美栄子さんが農薬で皮膚炎に罹ったことを知ったから。
元々、機械いじりが大好きで、凝り性とあって、確固たる目標を定めると、一途に突き進む。
型破りで無邪気。
まるで少年のようなピュアな男を阿部サダヲが体当たりで熱演。
喜怒哀楽を大仰に演じたが、少しも白々しくなかった。
この俳優の持ち味を最大限に生かしていたと思う。
はち切れんばかりの笑顔には惹きつけられる。
発想力と行動力は抜群だが、なかなか成果に結びつかない。
次第に周囲から疎外され、孤軍奮闘の日々。
ついには貯蓄を使い果たし、極貧生活を送るハメに。
それでも文句1つ言わず夫を支え続ける妻の健気な姿がいじらしい。
彼女に扮した菅野美穂の抑えた演技に好感が持てる。
娘婿に全てを託し、さり気なく助言を与える義父(努)の懐の深さにも驚かされた。
バブル全盛期にわが子に消しゴムの1つすら買ってやれない。
このエピソードには泣かされた。
中村義洋監督はどこまでも夫婦に寄り添いながら、巧みに娯楽色を加味させ、物語をテンポよく紡いでいく。
実に安定感のある温かい映像だ。
不撓不屈の精神を持つ。
自分を信じる。
一朝一夕にはいかない。
随所に人生訓が散りばめられている。
中でも失敗を学習と受け止める主人公の愚直なほどの前向きさには心が震えた。
2時間9分
★★★★(見逃せない)
☆6月8日(土)より全国東宝系公開
(日本経済新聞2013年6月7日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)