武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

映画の地を訪ねて~兵庫・芦屋~「細雪」

投稿日:2012年4月11日 更新日:

今日は雨。
これで桜が散ってしまうのでしょうね。
儚げ……。
散りゆく桜花を目にすると、いつも切なく思ってしまいます。
桜と言えば、『細雪』。
3年前、芦屋川を散策し、こんなエッセーを記しました。
     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆
細雪映画
大阪・船場の名家、蒔岡家の鶴子(岸恵子)、幸子(佐久間良子)、雪子(吉永小百合)、妙子(古手川祐子)。
艶やかな和服を着飾った4姉妹が、咲き誇る桜花の下をそぞろ歩く。
京都・嵯峨野から平安神宮へ。
淡紅色の花弁を抱えた枝垂桜が銀幕を美妙に覆う。
春爛漫を謳歌する彼女たちの何と麗しいこと。
名匠・市川崑監督の「細雪」(1983年)の冒頭シーンは、日本の伝統的な風雅をはんなりと描き取った奢侈な名場面である。
原作は言わずもがな、文豪・谷崎潤一郎の代表作。
小説の巧緻な描写とはまた違った意味で、絢爛たる映像美にぼくは気圧された。
5年間を綴っているが、映画は蛍狩りや阪神大水害などの有名なエピソードをあえて割愛し、この花見から1年間の出来事に集約させた。
日中戦争に突入していた昭和13年、戦時一色の時代にあって、姉妹はいたって能天気で、生活に実体が感じられない。
芦屋の山の手にある幸子夫婦の家が舞台。
家と格式にこだわる鶴子の家族が暮らす大阪・上本町の本家に対し、分家だ。
そこに一見、控えめだが、頑固な雪子と自由奔放な妙子が同居している。
家は没落したのに、今なお幸子を中姉(なかあん)ちゃん、雪子を雪(き)姉(あん)ちゃん、妙子を小娘(こい)さんと言葉の面でも船場を引きずる。
「今どきこんな女性や生活はもはや存在しない。そのことを知ってもらいたくて」と市川監督。
だから映画は現代に媚びていなかった。
4姉妹の日常を丁寧に描いているだけ。
昭和23年、監督に昇進する直前、原作に感動し、いつか映画化すると誓ったのだという。
滅びゆく日本美のレクイエム。
そんな『細雪』の世界に浸りたくて、ぼくは桜が満開の4月初旬(2009年9、芦屋を散策した。
海にほど近い芦屋市谷崎潤一郎記念館を見学したあと、芦屋川の土手を上流へ。
まったりした空気が川面にたゆたう。
芦屋の写真④
小説よりも映画のシーンが次々に甦ってきた。
映画ではしかし、芦屋川がほんの少し映っただけ。
大半が東京・砧(きぬた)の東宝撮影所で撮られた。
俳優も主な配役は関西人ではない。
なのに、ひと昔前の阪神間の空気を見事にかもし出していた。
船場生まれの松子夫人がセリフを一字一句、校訂していた。
道理でほぼ完璧な船場ことばだった。
阪急芦屋川駅の北、開森橋の傍にある細雪碑。
芦屋の写真③
大きな御影石に刻まれた「細雪」の字は、松子夫人の手によるもの。
映画の題字もそうだ。
妙に心地よい六甲颪(おろし)が石碑を柔らかく包み込む。
『細雪』の映画化は昭和25年と同34年に次いで3度目だが、この市川作品が質的に群を抜く。
原作にはない、婚期を逸した佳麗な雪子と義兄(幸子の夫)、貞之助(石坂浩二)との関係が妖しげな彩を添えていた。
小百合さんの美しさは格別!
石碑に別れを告げた時、谷崎が脚本家で参画した「アマチュア倶楽部」(20年)などの映画をふと観たくなった。
が、フィルムは現存しないという。
あゝ、季節はずれの儚い細雪が瞼の裏にちらついた。
(読売新聞2009年5月12日朝刊『わいず倶楽部』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

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プロフィール

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武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。