武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

仲代逹矢と向き合った映画~『海辺のリア』(3日から公開)

投稿日:

仲代達矢、84歳。

日本を代表する名優をそのまま描いた映画。

題名のごとく、シェークスピアの悲劇『リア王』をモチーフに渾身の演技が披露される。

超高齢化社会の一断面を切り取った家族ドラマでもある。

(c)「海辺のリア」製作委員会

『春との旅』(2010年)、『日本の悲劇』(12年)に続き、小林政広監督が三度、仲代を主演に起用した。

正確に言えば、この俳優のために撮った映画ともいえる。

主人公の名前は桑畑兆吉。

黒澤時代劇『用心棒』(1961年)で仲代が共演した三船敏郎の役名、桑畑三十郎を彷彿とさせる。

映画黄金期を共に支えた盟友に対するリスペクトなのだろう。

その桑畑がパジャマ姿にコートを羽織り、キャリーバックを引きずり、意味不明の言葉を発しながら浜辺を彷徨する。

何とも異様な姿に圧倒される。

この老人は映画、舞台で半世紀以上もキャリアを積み、俳優養成所を主宰してきた著名な役者だ。

まさに仲代、その人。

今やしかし、世間から忘れられ、認知症の兆しが出てきている。

長女、由紀子(原田美枝子)が愛人の謎めいた運転手(小林薫)と奸計をめぐらす。

(c)「海辺のリア」製作委員会

 

(c)「海辺のリア」製作委員会

 

彼女の夫で、桑畑の弟子の行男(阿部寛)は師匠が不憫でならない。

かといって妻には逆らえない。

 

(c)「海辺のリア」製作委員会

 

施設を脱走した老人が海辺で別の女性に産ませた娘、伸子(黒木華)と偶然、再会する。

まずあり得ない設定だが、演劇的な映画と思えば納得できる。

2人のちぐはぐなやり取りが秀逸だ。

 

(c)「海辺のリア」製作委員会

 

登場人物は実力派俳優による5人だけ。

そこでリア王の世界があぶり出される。

桑畑が狂気をはらませ、邪険にしてきた伸子にリア王の誠実な末娘コーディリアを重ね合わせていく終盤は圧巻の一言だ。

演技が重すぎて、抵抗を覚えるかもしれない。

しかもリア王の物語を知らないと、面白みが半減する。

それを承知で真正面から仲代に向き合った小林監督の姿勢に敬意を表したい。

1時間45分

★★★★(見逃せない)

☆3日からテアトル梅田ほかで公開

(日本経済新聞夕刊に2017年6月2日に掲載。許可のない転載は禁じます)

-映画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

どこまでもイギリス映画……『ガーンジー島の読書会の秘密』(30日から公開)

どこまでもイギリス映画……『ガーンジー島の読書会の秘密』(30日から公開)

イギリス(連合王国=UK)には王室保護領が2か所、あります。 アイリッシュ海に浮かぶマン島とフランス・ノルマンディーのコタンタン半島沖合に散らばっているチャンネル諸島です。 イギリスの領土なのに、それ …

沖縄戦の「闇」をえぐるドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』

沖縄戦の「闇」をえぐるドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』

第2次大戦末期、民間人を含む20万人余りが命を落とした沖縄戦の秘話を追ったドキュメンタリー映画。 スパイを養成した特務機関、陸軍中野学校出身のエリート青年将校との深い関わりをあぶり出す。 ©2018『 …

40周年を迎えたMBSラジオ番組『ありがとう浜村淳です』に出演しました~(^O^)/

40周年を迎えたMBSラジオ番組『ありがとう浜村淳です』に出演しました~(^O^)/

今日(厳密に言えば、昨日)の朝、MBSラジオの長寿番組『ありがとう浜村淳です』にゲスト出演し、浜村さんと楽しく映画談議をしてきました。 拙著『ウイスキーアンドシネマ』(淡交社)の紹介で、スタジオにお招 …

大阪芸大卒業生の学生時代製作映画の上映~(^_-)-☆

大阪芸大卒業生の学生時代製作映画の上映~(^_-)-☆

庵野秀明、橋口亮輔、三原光尋、熊切和嘉、大森研一、山下敦弘、呉美保、石井裕也、二宮建……。 日本の映画界で活躍している大阪芸術大学映像学科出身(中退も含む)の監督が何と多いことか~ その大阪芸大のOB …

北アイルランド紛争を凝縮させた映画『ベルファスト71』

北アイルランド紛争を凝縮させた映画『ベルファスト71』

映画ファンのための感動サイト、シネルフレ(cinereflet)に『武部好伸のシネマエッセイ』のコーナーを作ってもらい、毎月、お気に入りの映画を好き放題に書かせてもらっています~(^_-)-☆ &nb …

プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。