仲代達矢、84歳。
日本を代表する名優をそのまま描いた映画。
題名のごとく、シェークスピアの悲劇『リア王』をモチーフに渾身の演技が披露される。
超高齢化社会の一断面を切り取った家族ドラマでもある。
『春との旅』(2010年)、『日本の悲劇』(12年)に続き、小林政広監督が三度、仲代を主演に起用した。
正確に言えば、この俳優のために撮った映画ともいえる。
主人公の名前は桑畑兆吉。
黒澤時代劇『用心棒』(1961年)で仲代が共演した三船敏郎の役名、桑畑三十郎を彷彿とさせる。
映画黄金期を共に支えた盟友に対するリスペクトなのだろう。
その桑畑がパジャマ姿にコートを羽織り、キャリーバックを引きずり、意味不明の言葉を発しながら浜辺を彷徨する。
何とも異様な姿に圧倒される。
この老人は映画、舞台で半世紀以上もキャリアを積み、俳優養成所を主宰してきた著名な役者だ。
まさに仲代、その人。
今やしかし、世間から忘れられ、認知症の兆しが出てきている。
長女、由紀子(原田美枝子)が愛人の謎めいた運転手(小林薫)と奸計をめぐらす。
彼女の夫で、桑畑の弟子の行男(阿部寛)は師匠が不憫でならない。
かといって妻には逆らえない。
施設を脱走した老人が海辺で別の女性に産ませた娘、伸子(黒木華)と偶然、再会する。
まずあり得ない設定だが、演劇的な映画と思えば納得できる。
2人のちぐはぐなやり取りが秀逸だ。
登場人物は実力派俳優による5人だけ。
そこでリア王の世界があぶり出される。
桑畑が狂気をはらませ、邪険にしてきた伸子にリア王の誠実な末娘コーディリアを重ね合わせていく終盤は圧巻の一言だ。
演技が重すぎて、抵抗を覚えるかもしれない。
しかもリア王の物語を知らないと、面白みが半減する。
それを承知で真正面から仲代に向き合った小林監督の姿勢に敬意を表したい。
1時間45分
★★★★(見逃せない)
☆3日からテアトル梅田ほかで公開
(日本経済新聞夕刊に2017年6月2日に掲載。許可のない転載は禁じます)