武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

エッセー 大阪 大阪ストーリー

大阪ストーリー(16)わが愛しのOsaka Metro~💛【最終回】

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大阪ストーリー(16)わが愛しのOsaka Metro💛(2020年9月)

☆四ツ橋駅の雑感

地下鉄に初めて乗ったのはいつのころだろうか……。

記憶の糸をたぐっていくと、幼稚園か小学校低学年のころ、両親に連れられて御堂筋線の心斎橋駅から梅田駅に向かったのをうっすらと覚えています。

真夏だったのに、やけに涼しかったという体感だけがはっきり脳裏に刻まれているのが不思議です。

そのころからOsaka Metroの前身、大阪市営地下鉄との出会いがはじまりました。

一時期、大阪の郊外や仕事の関係で京都市内に引っ越したこともありましたが、基本、大阪市内で暮らしてきたので、地下鉄は「自分の足」として極めて身近な交通機関になっています。

はて、これまでに何千回、いや何万回、いやいや何十万回、乗車してきたことやら。

☆    ☆    ☆    ☆    ☆

ここ数年、一番多く利用している駅が四つ橋線の四ツ橋駅です。

なにせ自宅の最寄り駅ですから。

改札口から四つ橋線のプラットホームまでの通路でいきなり生じる「強風」が妙に心地よく、これに体が当たらないと四つ橋線に乗った気がしません(笑)。

それと長堀鶴見緑地線の心斎橋駅へと通じる長い「動く歩道」もどことなく近未来っぽくて好きです。

そんなわけで、四ツ橋駅にはすごく愛着を抱いています。

日常の中に溶け込んでいる四ツ橋駅

じつは疑問に思っていたことがあります。

世の中、商売でお客さんからお金を受け取れば、「ありがとうございます」と必ず言いますよね。

それが当たり前です。

でも、電車やバスなどの公共交通機関でその言葉を聞くことがほとんどなかったのです。

地方に行けば、よく聞かれますが、利用者の多い大都会では、いちいち声がけするのは無理なのかなと思っていました。

それが十数年前、四ツ橋駅の改札を入ったとき、若い駅員さんから「いつもありがとうございます!」と元気よく声をかけられ、びっくりしました。

それからです、「ありがとうございます!」の言葉が地下鉄の駅でよく聞かれるようになったのは……。

駅員さんに訓示でもあったのでしょうかね。

まぁ、利用者としては理屈なく気持ちがええです。

新型コロナ禍の今は、声がけが自粛されているようですが。

☆好きな駅のナンバーワン、大国町駅

Osaka Metroの駅で一番好きな駅はどこかと訊かれると、ぼくは迷うことなく、「大国町駅!」と答えます。

御堂筋線と四つ橋線の2路線が見事にリンクした交差駅で、どちらの路線から下車しても、プラットホームの向かい側に電車が滑り込んでくるので、乗り換えにはこの上もなく便利だからです。

サンドイッチ状態の大国町駅のプラットホーム

交差駅での乗り換え時、ふつうは連絡通路を歩かねばなりません。

結構、距離がある駅もあります。

大国町駅では次に乗るべき電車が目の前にやって来るのですから、移動距離が5歩以内。ありがたい。

この駅の構造は結構、複雑だと思うのですが、よくぞこんな機能的に優れた駅を建造してくれはりました!

大国町駅で乗り換えるとき、すぐに向かい側に電車が到着すれば、「やったー! きょうはええ日になるぞ」と気持ちがハッピーになります。

単純ですね。実際、これまでの統計からすれば、乗り換えがスムーズな場合、良いことが多いのです(笑)。

☆青春の思い出が詰まった長居駅

かれこれ半世紀前の中学と高校時代、ぼくは陸上競技部の部員でした。

小柄ですが、妙にジャンプ力があり、走り幅跳びの選手をしていました。

試合会場がほとんど長居公園(大阪市東住吉区)のなかにある長居陸上競技場でした。

現在のヤンマースタジアム長居です。

だから試合があると、御堂筋線を利用して長居駅で下車していました。

改札を出て、3番出口の階段を上がっていくにつれ、ドキドキと心臓が波打ち、緊張感が高まってくるのです。

何度も試合に出ましたが、よほどアカンたれなのか、いつもそうなります。

しかも、「ちゃんと踏切板に合わせられるかな」、「ファウルしたらどないしょ」……とマイナス面ばかりが浮かんでくるのだからやっかいです。

地上に出ると、広々とした長居公園がまばゆい陽光を伴って目に飛び込んできて、言いようもない開放感を覚えます。

向こうの方にデンと構える陸上競技場を視界に収めるや、一転、肝が座り、先ほどまでの気弱な自分ではなくなっています。

そして、「よっしゃ、やったるでー!」と俄然、意欲が湧き出てくるのです。

こんな青春の思い出がいっぱい詰まった長居駅に先日、足を運びました。

無性にあのころの気持ちに浸りたくなって……。

改札を出て、一段一段、出口の階段を上っていくと、少しずつ心の中がざわめいてきて、ふいに中学、高校時代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥りました。

何とも摩訶不思議な体験。

よほど強い思い出として残っていたのでしょうね。

この階段を上ると、やはりドキドキと……

開放感に満ちあふれた長居公園

長居公園はその後、整備され、かなり情景が変わりましたが、3番出口を上がったところから競技場の方に視線を流すと、やはり開放感を抱きます。

空が広く、緑の木々が生い茂る清涼な空間に触れ、思わず叫びたくなったほど。

青春時代に引き戻してくれる長居駅は、ぼくには一種の清涼剤になっているようです。

しばし、目をキョロキョロさせながらたたずんでいると、丸顔のおじさんが近づいてきて、「さっきからなにしてまんねん?」。

☆周りに魅惑のスポットが点在する大阪港駅

中央線の大阪港駅にお気に入りのスポットがあります。

そこはプラットホームの一番西端です。

大阪港の海底に掘られた「大阪港咲洲トンネル」の中へ電車が吸い込まれるようにして進入していく光景が、何だか異次元への入り口のように感じられ、すごく魅せられるのです。

だからコスモスクエア行きの電車ではいつも先頭車両に乗り、大阪港駅で下車してから西端に立ち、出発した電車が海の下へ潜っていくのを見届けています。

「大阪港咲洲トンネル」へ入っていく電車

この中央線は、阿波座駅から以西の大阪港駅までが高架になっています。

古い話ですが、幼少時代、築港に「みなと遊園」という遊園地がありました。

そこへ親に連れて行ってもらったとき、高架を走行する電車に乗るのがすごく楽しみでした。「地下鉄やのに、何で地下を走らへんのん?」と父親に質問し、「そんなもん知らんがな」と煙たがられていたのを覚えています。

久しぶりに大阪港駅に来たので、周囲を散策しました。

駅から真っすぐ西へ直進したところにある中央突堤。

その先端もぼくの好きな場所です。潮風を受けながら、大阪港を航行する船舶を眺めていると、些細なことやしょうもないことを忘れてしまいます。

港と海。

ホンマにええですね!

上田正樹の『悲しい色やね』のメロディーが自然と出てきます~♪

中央突堤からの眺め

何人もの太公望が釣り糸を垂らしていました。

その中に突堤北側に停泊しているパナマ船籍の貨物船の船員も。

フィリピン人の若い船員が片言の日本語でこう話してくれました。

「コロナで街中へ遊びに行けません。だから釣りを楽しんでいます。アジ、サバ、タコが釣れますよ」

ここは「夕陽のテラス」。

淡路島に沈む夕陽が素晴らしい絶好の眺望スポットで、「ダイアモンドポイント」とも呼ばれています。

左手にWTC(ワールド・トレードセンター)やATC(アジア太平洋・トレードセンター)などの建物群がそびえる南港を望みつつ、西の空を赤く染めるサンセットをこれまで何度、目に焼きつけたことか。

中央突堤から北へ歩を進めると、大阪市の市章になっている赤い澪標(みおつくし)が海中に立っています。

澪標はかつて難波江の浅瀬に建てられた水路の標識です。

大阪は出船入船の港から栄えてきたので、まさにこの地が原点だったのです。

大阪市のシンボル、澪標(みおつくし)

さらに北に向かうと、右手に海遊館の建物が迫ってきます。

その前の石段とテラスにはカップルがいっぱい。

格好のデート・スポットです。

目の前を航行する帆船型観光船サンタマリア号の乗客が手を振ってくれました。

「ハロー!」

ぼくも両手を挙げてこたえました。

あゝ、のどかな光景。

ここにマーメイド(人魚)の像があるのをご存知ですか?

以前は少し南側の海上にありました。

これ、デンマークの童話作家アンデルセンの人魚姫です。

大阪港とコペンハーゲン港の文化交流の一環として、1995年、デンマークの大手ビール会社カールスバーグ社から寄贈されたものです。

南港の方角に視線を向ける人魚姫は何だか港の守護神のようにも思えます。

正直、コペンハーゲンの彼女よりもこちらの方が見映えがします(笑)。

大阪港を見守っている人魚姫

日没の時間が迫ってきたので、再び中央突堤の先端へ引き返し、素晴らしい夕陽と向き合いました。

「きれいやなぁ」

「うん、ほんまにきれいや」

「最高や!」

カップルの声が聞こえてきます。

なんともほほ笑ましい。

そんな居心地のいい風情の中、全身が真っ赤に染まったぼくは心底、実感しました。

「生まれ育った大阪の街と人、やっぱりええわ。好きゃねん!」

大阪港の夕陽に感嘆……

2年半にわたり、計16回続けてきた「大阪ストーリー」。

何のてらいもなく、「好きゃねん!」の言葉で最終回を締めくくりました。

ご愛読していただき、本当にありがとうございました!

 

-エッセー, 大阪, 大阪ストーリー

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武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。