天衣無縫な鬼才エミール・クストリッツァ監督の鮮烈なるラブ・ロマンス。
現実とファンタジーをミックスさせた奇想天外な物語に目が釘付けになり、バルカンの強烈な匂いがいつまでも余韻に残った。
のどかな田舎の村。
ガチョウの群れが豚の血の入った桶に飛び移り、行水する。
そんな度肝を抜くコミカルなシーンから物語が始まる。
実はこの地域、隣国との激戦地。
ボスニア内戦を想起させるが、架空の国という設定。
銃弾が飛び交っているのに、村人がいたって呑気なのがすごく可笑しい。
戦火の中、ロバに乗り、村までミルクを運ぶ中年男が主人公のコスタ。
ハヤブサを右肩に乗せ、クマとじゃれ合い、ヘビに助けられる。
動物と交流できるこの心優しい人物をクストリッツァ自身が熱く演じる。
そんなコスタがイタリア人女優モニカ・ベルッチ扮する絶世の美女と恋に落ちる。
しかし彼女はミルク屋の長男の花嫁になる女性。
三角関係がもつれるのかと思いきや、想定外の展開に。
何と多国籍軍の特殊部隊が急襲してきたのだ。
2人は手に手を取って、特殊部隊の追撃から逃げまくる。
一難去ってまた一難。
もはや活劇と化し、映像がますますエネルギッシュに、かつ濃密になってくる。
コスタと花嫁の家族は共に戦争の犠牲者。
2人の逃避行は諦観していた人生を取り戻すための行動なのだ。
それなりに齢を重ねた男女だからこそ、意味がある。
喜劇と悲劇、詩情と暴力、生と死。
こうした二元性にユーモラスでシュールな味付けを添え、独特な世界観を構築する。
その演出力は際立っている。
旧ユーゴスラビアの半世紀の歴史を網羅した『アンダーグラウンド』(1995年)に象徴されるごとく、監督はずっと紛争を描いてきた。
それが一転、こんな素晴らしい「愛の寓話」を紡ぎ出した。
脱帽!
2時間5分
★★★★★(今年有数の傑作)
☆大阪ステーションシティシネマ/シネマート心斎橋/TOHOシネマズ西宮OSにてロードショー!
(9/23~)シネ・リーブル神戸 (順次)京都シネマ
(日本経済新聞夕刊に2017年9月15日に掲載。許可のない転載は禁じます)