『海炭市叙景』(2010年)、『そこのみにて光輝く』(14年)に続く亡き作家、佐藤泰志(1945~90)の小説を映画化した三部作の最終章。
ぎこちなく生きるカップルの痛みを慈愛の眼差しで見据え、素直になれない揺れ動く心情を見事に映像に焼きつけた。
監督は山下敦弘。
前2作を撮った大阪芸大の先輩、熊切和嘉監督と同期の呉美保監督が共に高評価を得ただけに、満を持して臨んだ。
作風には気負いがなく、存外に軽やかで、後味も実に爽やかだった。
妻子と別れ、東京の建設会社を辞めた義男は故郷の函館に戻り、職業訓練校に通っている。
生気が感じられず、惰性で生きる、そんな男をオダギリジョーが好演。
まさに適役といえよう。
訓練校の胡散臭い生徒(松田翔太)を介して聡(さとし)と出会う。
男ではない。
鳥の求愛ポーズをまねたり、突然、キレたりする激情的な女性。
かなり難しい役どころを蒼井優が果敢にチャレンジした。
聡の不思議なオーラに義男が圧倒される姿が強調される。
過去を引きずる未練たらしい感傷を彼女が容赦なく剥がしていく過程が映画の軸となっていた。
2人の心が1つになるシーンが素晴らしい。
誰もいない夜の動物園。
白頭鷲の羽が天空から無数に舞い降りてくる。
恋に落ちた瞬間をかくもシュールな画像で描き切った。
牽引役は聡で、義男は常に受け身。
それでいて上目線で彼女を見る。
「そんな目で見ないで」という悲痛な言葉が胸に重く残る。
訓練校の生徒との触れ合い、教官に目をつけられた劣等生(満島真之介)への同情、別れた妻(優香)との再会……。
脇筋をきちんと固めた上で恋の顛末が綴られる。
全編を包み込む温かいタッチが心地よい。
2人が惹かれ合う心の中枢を山下監督が丁寧にすくい取っていた。
渋みあふれる恋愛映画だった。
1時間52分
★★★★(見逃せない)
☆テアトル梅田などで公開中
(日本経済新聞夕刊に2016年9月23日に掲載。許可のない転載は禁じます)