こんなはずじゃなかった……。
子どものころに思い描いていた大人になっていない。
多くの人が抱いているであろう心情を珠玉の家族ドラマとして紡ぎ上げた。
それもまた人生。
そう思わせるところに心地良さを感じる。
「そして父になる」「海街Diary」などで家族を見据えてきた是枝裕和監督が本作でテーマをより深化させた。
舞台は、監督が実際にかつて暮らしていた東京郊外の団地だ。
良多は15年前に一度、文学賞を受賞したきりで、その後は鳴かず飛ばず。
人一倍の夢追い人だが、ギャンブル好きで、金銭感覚にルーズ。
妻の響子(真木よう子)から離縁され、息子と月に1度しか会えない。
実に情けない、それでいて憎めないダメ男を阿部寛が違和感なく演じていた。
とぼけた言動が笑いを誘い、愛おしくすら思える。
元妻に未練をもつ良多はどこか子供っぽい。
対して、自立心のある響子は「愛だけでは生きていけないのよ」と冷たく言い放つ大人の女性。
2人の温度差が物語の隠し味になっていた。
主人公が唯一甘えられるのが、団地で気楽に独り暮らしを送る母親。
この手の役どころを自然体でこなせるのは樹木希林を置いて他にはいない。
さすがだ。
阿部と樹木を想定して監督が当て書きした脚本だけに、親子の丁々発止のやり取りがたまらなく面白い。
「何で男は今を愛せないのかね」
時折、母親がさらりと発する言葉に息子がドキッとする。
良多が勤める興信所の気遣い上手な部下(池松壮亮)や毒舌家の姉(小林聡美)らを絡ませ、元家族の3人が一夜を共にするクライマックスへと導く。
なかなかスリリングで、澱みのない展開にうならされる。
平成の小津安二郎と評される是枝監督だが、本作については「登場人物の生活感も、色合いがくすんでいて成瀬巳喜男に近い」と。
納得!
テレサ・テンの『別れの予感』の歌詞が何度もフィードバックした。
1時間57分
★★★★★(今年有数の傑作)
☆21日から大阪ステーションシティシネマほかで公開
(日本経済新聞夕刊に2016年5月20日に掲載。許可のない転載は禁じます)