スティーヴン・スピルバーグ監督のスパイ映画。
てっきり派手な娯楽アクションと思いきや、心地よく裏切られた。
東西冷戦期の知られざる事実を描いたシリアスな人間ドラマ。
個人が国家を背負う時の覚悟を見せ切った。
1957年、ソ連のスパイ、アベル(マーク・ライランス)が米国で逮捕される。
この男の弁護人に選ばれたのがドノヴァン(トム・ハンクス)。
彼はしかし、保険が専門の門外漢だった。
反ソ感情による世間の風当たりが強まる中、決然と大役を引き受ける。
その理由が「誰でも弁護される権利がある」という社会正義に基づく信念だ。
それが前半の空気を支配する。
主人公の実直さが眩いほどに感じられる。
彼をヒーローではなく、市井の民間人というスタンスを貫かせたのが共感を呼ぶ。
弁護士と被告人の関係を越え、互いにプロであることを認めた上で敬意を払う。
いつしか信頼感が芽生えてくる様は刺激的ですらある。
ここが後半への伏線となるキーポイントだ。
ジョエルとイーサンのコーエン兄弟の脚本がよくこなれている。
十分、お膳立てできた物語を監督が奇をてらわずに粛々と演出している、そんな風に思えた。
五年後、予期せぬ事態が生じ、刑に服するアベルに焦点が当たる。
その時、米ソ間の橋渡しをする交渉人としてドノヴァンが再登場。
世界平和を左右する重大な任務を負わされた苦悩と使命感はいかばかりか。
厳冬の東ベルリンでのクライマックスシーン。
緊迫した空気を濃密にはらませ、個人が国家を動かす瞬間を捉えた。
非常にスリリング。
名場面である。
ハンクスの骨太な演技もさることながら、ライランスの抑制の効いた立ち居振る舞いが実に素晴らしい。
スパイの実像とはかくも地味なものかと実感させる。
渋い秀作だった。
2時間22分。
★★★★(見逃せない)
☆1月8日からTOHOシネマズ梅田ほか全国でロードショー
(日本経済新聞夕刊に2016年1月8日に掲載。許可のない転載は禁じます)