武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

日記

『シベリアメモ』~元大映京都撮影所長の証言

投稿日:2012年2月7日 更新日:

フェイスブックで書きましたが、おととしの1月、92歳で亡くなられた元大映京都撮影所長の鈴木晰也さんの奥様から昨日、小冊子が届きました。
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『シベリアメモ 一九四五年~一九四八年』
こんな表題が薄茶色の表紙に印字されていました。
シベリア?
そうか、敗戦直後、ソ連軍の捕虜になり、抑留生活を送ってはったんや……。
ぼくが読売新聞文化部の映画記者をしていたとき、映画界の生き字引だった鈴木さんを京都・御室のご自宅にしばしば訪ねました。
1995年にフリーになってからも、数回、お邪魔したことがあります。
すでにリタイアされておられましたが、本当によく喋る方で、抜群の記憶力を持ってはりました。
映画界の裏事情、撮影秘話、監督や俳優の私生活など、とても公にできない内容をあけすけに話され、むしろこちらがうろたえてしまったほどです。
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(生前の鈴木さん。右は女優の藤村志保さん)
時々、思い出したように、ソ連軍収容所での抑留生活についてお話しされていました。
このときばかりは、笑みが消え、真顔で遠くの方を眺めるようにしてぽつり、ぽつりと口を開いてはりました。
送られてきた冊子を手にしたぼくは、鈴木さんのその表情を真っ先に思い浮かべたのです。
一筆添えてありました。
奥様が書かれたものです。
「いつの頃に書きのこしたのか不明ですが、たぶん最晩年のころではと思われます。いま、記憶に残っている事を、書きのこしておこうとの思いであったようです。ご一読くだされば幸いでございます」
反射的にページを繰りました。
あっと言う間に読みきりました。
フーッ。
胸にこみ上げてくるものがあり、目頭が熱くなりました。
衛生兵だった鈴木さんは朝鮮で敗戦を迎え、その直後、ソ連軍の捕虜となりました。
ウラジオストクからシベリア鉄道の貨車に乗せられ、どんどん西へ向かい、1か月後、何とグルジアの首都トビリシに到達していました。
カスピ海の西側、コーカサス地方です。
その先にトルコがあります。
グルジアといえば、時のソ連の指導者(独裁者)、スターリンの故郷ですね。
現地の収容所での暮らしぶりが克明に記されています。
衛生兵なので、医務室で雑事を担当してはったようですが、それでも過酷な日々です。
意外だったのは、ドイツ人捕虜との違い。
彼らは作業中、意図的に集団で手を抜くのに、日本人捕虜はみながむしゃらになって働いていたんですね。
当然、ソ連の指揮官は日本人を評価し、それがドイツ人より帰国時期を早めたそうです。
「今回はヤツら(ソ連)に負けたけれど、こんど戦うときは、一緒になって袋叩きにしてやろうぜ」
そんなことを身振り手振りで鈴木さんに伝えたドイツ人捕虜がいたそうです。
共産主義を植えつける思想教育、それを先導する優等生(?)の日本人捕虜、ソ連兵のいい加減さ、劣悪な食事、ヤクザまがいの連中……。
72ページの小冊子ですが、いろんな情報が盛り込まれていました。
貴重な記録です。
敗戦から3年後、鈴木さんが舞鶴に帰還したとき、アメリカ軍の通訳をしていた復員兵からこんなことを言われました。
「おまえ、衛生兵か。向こうではソ連軍のキンタマを握っていたのだろう」
即座に鈴木さんは切り返しました。
「それではおまえは、アメリカ軍のキンタマを握っているわけか」
それが帰国第一声。
いかにも気骨ある鈴木さんらしい応酬!
納得しました。
それにしても、よくぞ日本の土を踏み、その後、映画界で獅子奮迅の活躍をされました。
名簿の順番や軽い気持ちで刺青を入れたことなど、ちょっとしたことで、抑留生活が長引いた人もいたようです。
それを運で片づけるには、あまりにもしのびない。
人間には誰だって言い知れぬドラマがあります。
これは非常に辛いドラマでしたが、読んでよかったと心底、思いました。
冊子に手を乗せ、鈴木さんの顔を浮かべながら、合掌……。

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武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。