武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

罪深き逃避行~『八日目の蝉』

投稿日:2011年5月7日 更新日:

話題の映画『八日目の蝉』の映画エッセーをどうぞ。
八日目の蝉
     (C)2011映画「八日目の蟬」製作委員会
愛情を一杯注いで育ててくれた母親が、自分を誘拐した犯人だった。
あっと驚く展開の中で、母性の本質に迫った人間ドラマ。
心の奥底に潜むつかみどころのない感情を、サスペンスタッチであぶり出す。
原作は角田光代の同名小説。
大学生の恵理菜(井上真央)は、生後6か月の時、父親の愛人の希和子(永作博美)に連れ去られ、4年間、生活を共にした。
実の両親の元に戻されてからも、親子の実感が湧かない。
こんな複雑な生い立ちが彼女のアイデンティティー(自己存在)を喪失させ、苦悩の淵へと追い詰める。
同時に家庭崩壊も……。
恵理菜の自分探しの旅と希和子に育てられた幼少期が交互に浮き彫りにされる。
断ち切ったはずの過去と向き合うようになった理由が、非常に運命的だ。
女性ルポライター、マロン(小池栄子)の出現は恣意的とはいえ、物語のナビゲーターとして大いに意味がある。
本当の母子のような2人の暮らしぶりが物語の軸となる。
指名手配され、名前を変えて逃亡する希和子。
1日でも長く、この子と一緒にいたいと願う切なる気持ちがストレートに伝わってくる。
成島出監督の演出はそこをぐいぐい押す。
とりわけ小豆島での安穏とした日々が胸に染み入る。
先のない刹那的な幸せ。
それでも罪深い逃避行を続けたのは、母性の成せる業なのか。
幼子の将来を考えれば、身勝手極まりない行為なのに。
それも愛の1つの形なのだろうか。
一体、何が彼女をそうさせたのか。
疑問が次々と湧き出てくる。
7日目で死ぬはずの蝉が8日目を生きている。
主人公だけでなく、2人が身を寄せた施設「エンジェルホーム」の住人も、母親(森口瑶子)もそう感じている。
この空疎感と哀しみをどう振り切るのか。
重いテーマだが、最後まで見させた。
2時間7分
★★★
☆公開中
(日本経済新聞2011年5月6日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

-映画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

弁護士の坂和章平さんの新刊『“法廷モノ”名作映画から学ぶ生きた法律と裁判』

弁護士の坂和章平さんの新刊『“法廷モノ”名作映画から学ぶ生きた法律と裁判』

映画配給会社の試写室にはいろんな人が来はります。 新聞社の映画担当記者、浜村淳さんに象徴されるタレント、放送、雑誌、ネット系の映画担当者、映画ライター、その他映画業界の関係者……。 そんな中で異色な人 …

お知らせです~映画のカルチャー

お知らせです~映画のカルチャー

気がつけば、15年も経っていました。   サンケイリビングカルチャー倶楽部の『シネマ鑑賞力養成講座』(以前は「シネマ心模様」)です。   最初からの受講生の方もおられます。 &nb …

『列車の到着』の映像、100余年の時を隔てて~

『列車の到着』の映像、100余年の時を隔てて~

昨日、5年前に卒業したゼミ1期生(関西大学社会学部マスコミュニケーション学専攻)の同窓会。すっかり社会人に変貌していた教え子たちと飲んで語らい、じつに楽しいひと時を過ごしました。 ちと深酒してしまって …

市川海老蔵主演の重厚な時代劇~『一命』

市川海老蔵主演の重厚な時代劇~『一命』

歌舞伎の市川海老蔵が、あのとんでもない事件を引き起こす直前にクランク・アップした時代劇『一命』。 お蔵入りになるかと心配されていましたが、カンヌ国際映画祭にも出品でき、晴れて公開の運びとなったのは喜ば …

「ケルト」の守護神、アーサー王を新しい観点から斬った『キング・アーサー』(17日公開)

「ケルト」の守護神、アーサー王を新しい観点から斬った『キング・アーサー』(17日公開)

アーサー王――。   超有名な御仁とあって、これまで何度、映画化されてきたことか。 英国映画界の俊英ガイ・リッチー監督の『キング・アーサー』(17日公開)は、独特な解釈で描かれた新機軸のアー …

プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。