2月 28

映画興行120年目の記念日に素敵なショット~(^_-)-☆

先日、アップしましたが、大阪・ミナミのトリイホールで開催された精華千日前キネマ映画祭の最終日(15日)が、120年前(明治30年、1897年)、大阪・難波の南地演舞場で日本初の映画興行が催された記念日でした。

 

その演舞場は現在、髙島屋大阪店の真向かい、「なんばマルイ」が入る東宝南街ビルです。

 

当日、開演前に4人が並んで記念写真を撮りました。

 

シネマトグラフをフランスから持ち込んだ稲畑勝太郎氏のひ孫さん、現在の稲畑産業社長の稲畑勝太郎さん(曾祖父と同名!)。

 

南地演舞場での興行にひと役買った奥田弁次郎氏の5代目、奥田幸治郎さん。

 

トリイホールの経営者、鳥居学さん(真言宗山階派千日山護法院弘昌寺の住職もされておられます)。

 

そして小生。

 

この写真は大事にしとかないとあきまへん~(^_-)-☆

2月 21

びっくりポン~! 京都新聞に大きく載りました~(^_-)-☆

今朝の京都新聞朝刊に拙著『大阪「映画」事始め』(彩流社)の記事が掲載されました。

昨年12月4日、京都のおもちゃ映画ミュージアムでの講演時に京都新聞の映画担当記者に取材された分です。

京都にとっては「不都合な事実」なので(笑)、掲載は無理かなと思っていただけに、ほんまにびっくりポンです~(*’▽‘)

よくぞ載っけてくれはりました!

全文を掲載します。

2月 17

イタリア映画『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』25日公開

某大国の大統領が入国の一時停止を発令し、改めてクローズアップされた難民・移民の問題。

それに直面しているイタリアの小島の現状を本作『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』はあますことなく伝えています。

意外性に、あっと驚くと思います。

映画ファンのための感動サイト『シネルフレ(cinereflet)』の〈武部好伸のシネマエッセイ〉で詳しく書かせてもらっています。

大阪での公開は、25日からシネ・リーブル梅田で。

2月 16

映画興行120年目(2月15日)、刺激的な1日になりました~(^_-)-☆

昨日、2月15日は、日本で初めて映画興行が催されてちょうど120年目でした。

 

明治30(1897)年2月15日~28日、南地演舞場(現在のTOHOシネマズなんばが入る東宝南街ビル、なんばマルイ)で、フランス・リヨンのリュミエール兄弟が発明したシネマトグラフが一般公開されました。

 

その装置を導入したのが稲畑勝太郎さん。

 

稲畑産業の創業者で、大阪商業会議所(大阪商工会議所の前身)第10代会頭に就任し、関西実業界の重鎮になった御仁です。

 

そのミナミはトリイホールで開催されていた『精華千日前キネマ映画祭2017』の最終日の昨日、稲畑さんのひ孫に当たられる現在の稲畑勝太郎社長(同じ名前!)がスピーチされました。

 

登壇前に挨拶させていただきました。

 

非常に物腰の柔らかいジェントルマンでした。

 

拙著『大阪「映画」事始め』(彩流社)をお読みになっておられたようで、「大阪の映画を書きました武部と申します」と言うと、「あゝ、武部さんですか」と。

 

「本を書くうえで、京都での試写が日本初の映画上映ではないことがわかり、ひいお祖父さんの業績にちょっと水を差してしまいました」

 

ぼくが恐縮しながらそう言うと、稲畑社長は笑いながら、

 

「いえいえ、こういう事実がわかったのはいいことです。よく調べられましたね」

 

何だかうれしかったです。

 

拙著には稲畑さんのシネマトグラフにも、荒木和一さんのヴァイタスコープと同じくらいリスペクトの気持ちが込められています。

 

改めて社長に一冊、謹呈させていただきました。

 


登壇された稲畑社長は、「映画の歴史にお詳しい武部さんを前に私が説明するのも何ですが……」と前置きし、シネマトグラフに関する曾祖父の足跡をわかりやすく解説されました。

 

その中で、「荒木和一という人が京都のシネマトグラフの試写の前、1896年12月、ヴァイタスコープの試写を難波の福岡鉄工所というところで行っていたそうです。まず間違いないと思います」と仰ってくださいました。

 

続いて、活動弁士付きでリュミエール作品の数々とドイツ・ムルナウ監督『サンライズ』を楽しみました。

 

このあと、『難波が日本映画のふるさと 街歩きツアー』。

 

「ミナミまち育てネットワーク」の会員と南海電鉄の社員向けのイベントで、参加者は10数人。

 

ぼくがガイドを務め、法善寺⇒南地演舞場跡(東宝南街ビル)⇒福岡鉄工所跡(なんばパークス入り口、「難波中」交差点)を巡り、「ミナミの大阪映画」、「日本初の映画興行」、「日本初の映画上映」について説明しました。

 

NHKも取材に来ていました!

 

福岡鉄工所跡で記念撮影

夜は、そのNHKの担当者、映画渡来120年を撮り続けているフリーの映像ディレクターH氏の3人でミナミを飲み歩きました。

 

実に刺激的な1日でした~(^_-)-☆

2月 14

拙著『大阪「映画」事始め』、『大阪の歴史』で紹介されました!

このほど刊行された大阪市史料調査会の紀要『大阪の歴史』(編集:大阪市史編纂所)第85号の「新刊図書紹介」に、拙著『大阪「映画」事始め』(彩流社)が載りました。

調査員の古川武志さんが過分な評価をしていただき、恐縮しまくっています。

ありがとうございます。

全文を掲載します。

2月 10

妻への疑惑~風格あるスパイ・ミステリー『マリアンヌ』

ブラッド・ピットとマリオン・コティヤール。

 

円熟味を増してきた実力派俳優の共演に興味がそそられる。

 

最愛の妻が謎めいてくるという夫婦の物語。

 

第二次大戦を舞台にした異色スパイ映画としても楽しめる。

© 2016 Paramount Pictures, All Rights Reserved.

1942年、親独のヴィシー政権下のモロッコ・カサブランカ。

 

英国の諜報員としてカナダ軍パイロットのマックス(ピット)がパラシュートで砂漠に舞い降りる。

 

意表をつく冒頭シーンだ。

 

現地で落ち合ったのがフランスのレジスタンス、マリアンヌ(コティヤール)。

 

初対面の2人は長年連れ添った夫婦を演じ、ドイツ大使暗殺の使命を遂行する。

 

街をそぞろ歩くカップル。

© 2016 Paramount Pictures, All Rights Reserved.

その姿が名作『カサブランカ』(1942年)のハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンを彷彿とさせ、往年のハリウッド映画の空気が充満する。

 

任務上の相方とは決して恋に落ちない。

 

その鉄則を忘れ、互いに愛の炎を燃え盛らせる。

© 2016 Paramount Pictures, All Rights Reserved.

 

砂嵐の中で結ばれる場面は不吉の前兆か。

 

非常に意味深である。

 

彼らはロンドンで結婚し、愛娘を授かる。

© 2016 Paramount Pictures, All Rights Reserved.

 

幸せの絶頂期にマックスが上司から衝撃的なことを聞かされる。「奥さんはドイツの二重スパイだ」。この瞬間、映画のトーンが一変する。

 

妻は何者なのだ?

 

彼女への深い愛と疑惑、さらに国への忠誠心の間で苦悶する夫。

 

理性的な男が感情的になっていくドラマチックな動きに引きつけられる。

 

ロバート・ゼメキス監督はヒッチコックばりにサスペンス色を濃厚に出した。

 

大胆な前半とは一転、内面を重視した細やかな後半の演出が光る。

 

ピットとコティヤールは撮影と同時進行で役柄の関係を築いていったという。

© 2016 Paramount Pictures, All Rights Reserved.

© 2016 Paramount Pictures, All Rights Reserved.


 

道理で心の機微が演技に如実に反映されていた。

 

虚構の世界から芽生えた愛。

 

それでも真の愛を信じようとした2人。

 

正真正銘、ラブストーリーだった。

 

2時間4分

 

★★★★(見逃せない)

 

☆2月10日(金)、TOHOシネマズ梅田、他全国ロードショー

 

(日本経済新聞夕刊に2017年2月10日に掲載。許可のない転載は禁じます)

2月 06

伝説的な白人と黒人の芸能コンビの生きざま~フランス映画『ショコラ~君がいて、僕がいる~』

©2016 Gaumont / Mandarin Cinéma / Korokoro / M6 Films

©2016 Gaumont / Mandarin Cinéma / Korokoro / M6 Films

今月15日、日本での映画興行120年目を迎える。

フランスのリュミエール兄弟が発明したシネマトグラフが大阪で一般公開されたのだ。

その「動く写真」に世界で初めて登場した芸人が本作の2人組である。

©2016 Gaumont / Mandarin Cinéma / Korokoro / M6 Films

©2016 Gaumont / Mandarin Cinéma / Korokoro / M6 Films

フティット&ショコラ。

19世紀末から20世紀初頭のベル・エポック期にパリで人気を博した白人と黒人の伝説的なコンビ。

自国でも忘れさられた2人の生きざまが切々と綴られる。

出会いはサーカス。

怖い有色人種を演じていた黒人青年にピエロのフティットが才能を見出し、声がけする。

非人道的な見世物が横行する中、「黒人ではない。道化師を探している」という彼の言葉が胸に響く。

肌の色から、その青年はショコラ(チョコレート)と名づけられ、ドタバタ喜劇で観客を笑わせた。

©2016 Gaumont / Mandarin Cinéma / Korokoro / M6 Films

©2016 Gaumont / Mandarin Cinéma / Korokoro / M6 Films

それはしかし、フティットに尻を蹴られる内容で、人種差別に根づくものだった。

奴隷の子で、不法移民のショコラを相方がプロ芸人として接し、嫉妬心を交えながらも支え続ける。

サブ2s

そのコンビ愛と友情が映画のテーマになっていた。

互いに対等な立場、自分は芸術家…………。

2人がパリの名門喜劇劇場の専属になってから、ショコラは自意識に目覚めるも、世間はそれを許さない。

社会の立ち位置の相違から生じる苦悶が見どころの1つ。

モロッコ系のロシュディ・ゼム監督はショコラの心情を巧みにくみ取り、2人の価値観のぶつかり合いを通じて、この男の解放の物語に仕上げた。

時代考証が完璧で、演出も手堅い。

舞台以外では孤独で、神経質なフティットを喜劇王チャップリンの孫ジェームス・ティエレが好演。

©2016 Gaumont / Mandarin Cinéma / Korokoro / M6 Films

©2016 Gaumont / Mandarin Cinéma / Korokoro / M6 Films

ショコラ役のオマール・シーも快楽主義者の裏に潜む複雑な内面を見事に表現した。

ラストに流れるシネマトグラフの映像。

必死に芸を演じる2人からたまらなく哀愁が感じられた。

1時間59分

★★★★(見逃せない)

☆4日からテアトル梅田、なんばパークスシネマで、25日からシネリーブル神戸、以降、京都シネマにて全国順次公開

(日本経済新聞夕刊に2017年2月3日に掲載。許可のない転載は禁じます)

2月 05

高校の陸上部、ミニ同窓会、楽しかった~(^_-)-☆

40年以上前の高校時代(大阪府立清水谷高校)、陸上部で一緒に汗を流していた面々と心斎橋で再会しました。

同期と1つ、2つ下の後輩たちとの合同の集い。

DSC_0553

ぼくはほんまに頼んなかったし、ええ加減なキャプテンでした(笑)。

まぁ、その絡みで今日、幹事の大役を担いました~(^o^;)

皆、還暦を超えていますが、こうして会うと、走りまくっていた青春時代の思い出がいろいろ甦ってきますね~。

陸上部同窓会(2)

 

各人、人生の歩みもわかり、非常に充実したひと時を過ごせました~⤴

一次会の「そばしゃぶ」、二次会と三次会のバー、すべて楽しかったです~

1月 29

京都で「反論」講演会、盛り上がりました!

映画が日本で最初に上映されたのは京都ではなく、大阪だった~!

拙著『大阪「映画」事始め』(彩流社)のトピックスに対する「反論」の講演会が昨日(28日)、京都・壬生のおもちゃ映画ミュージアムで開かれました。

(3)「反論」講演会

血まみれのバトルを期待していた人が多いかと思いますが、お互い大人、それなりに穏やかに事が収まりました~

(4)「反論」講演会

講演者の森恭彦さん(読売新聞大阪本社編集委員、後輩)が「いけず」的な発言をチクチク発していたようですが、鈍感なのか、あまり分かりませんでした(笑)

典型的な大阪人と京都人の対論、我ながらオモロかった~

(1)「反論」講演会(2017.1.28) (2)

講演のあと、雰囲気が一転、陽気なライブに~

(5)「反論」講演会

友人のシンガー、西川⭐ハニー⭐敦子も歌ってくれ、デュオを楽しみました~⤴

実に刺激的なひと時でした~❗

「反論」講演会、記念撮影(2017.1.28) (2)

以下、ミュージアムのブログに載せる原稿です。

これがぼくの本心です~(^_-)-☆

 

「大阪も京都も同じ関西、大らかにいきまひょ~!」

京都人、稲畑勝太郎さんのシネマトグラフ。

大阪人、荒木和一さんのヴァイタスコープ。

120年前、ほぼ同時期に片やフランスから、片やアメリカから2つの映画(スクリーン投影式上映機)が日本にもたらされました。

今回、拙著『大阪「映画」事始め』(彩流社)を上梓するに当たり、映画渡来に関する第1章については、「定説」をわかりやすくまとめるつもりでした。

つまり、シネマトグラフが京都電灯の中庭(現在、旧立誠小学校)で最初に試写(上映)が行われ、その後、大阪・難波の南地演舞場(現在、TOHOシネマズなんばが入るビル)で一般公開され、それが日本の映画興行の始まりとなった――ということ。

そこでいくたの文献・資料を調べていくうち、荒木さんがあまりにも映画史の中で埋没していることがわかってきました。

ほとんどシネマトグラフに関心が向けられ、ヴァイタスコープは添え物的。

かなりの温度差です。

気の毒やん。

何でこうなってしもたんや?

荒木さんは心斎橋の舶来品輸入業「荒木商店」の店主で、のちに加奈陀サン保険生命会社(本社・モントリオール)の関西支部長となり、第5回内国勧業博覧会や初代通天閣の建設にも関わり、第一級の英語通訳者でした。

大阪商業会議所(大阪商工会議所の前身)の議員にもなった大阪実業界の顔役。

こうした荒木さんの実績自体があまり知られていませんね。

本書の目的は大阪と映画との深い関わりを探ること。

ならばぼくと同じ大阪人である荒木さんを避けて通れないと思い、徹底的に掘り起こしました。

その結果、発明王エジソンとの直談判の末、個人輸入したヴァイタスコープの試写が大阪・難波の福岡鉄工所(現在、なんばパークス入り口)で行われ、その時期がシネマトグラフの試写よりも早かったことが浮かび上がってきたのです。

「もっと早う光を与えてほしかったなぁ」

調査・執筆しているとき、天国にいるそんな荒木さんの声が聞こえてきました、ほんまに(笑)。

森さんが指摘した、シネマトグラフの芸術的な優位性や映画史における重要性。

確かに仰せの通りです。

しかし同じように、世界の、そして日本の映画史に足跡を残しているヴァイタスコープのことを軽んじるのではなく、謙虚になって「同じ土俵」でしっかり見据えることが大切だと思います。

何もシネマトグラフだけが映画ではありませんから……。

試写を重視しすぎるということも森さんが言うてはりました。

それなら、旧立誠小学校前に「日本映画発祥の地」の説明板を立てる必要はありません。

試写の時期にこだわったからこそ、その説明板が設置されたわけです。

つくづく思います、「シネマトグラフの初上映地」と控えめに表現すべきだったと。

それなら全くノープロブレムやったのになぁ……。

誤解を避けるために言いますが、ぼくは「荒木ヴァイタスコープ原理主義者」ではありません(笑)。

稲畑さんのシネマトグラフにも同じようにリスペクトしています。

明治期に海外から最新の文化(映画)を導入した稲畑さんと荒木さん。

日本における映画の黎明に尽力しはったお2人、ほんまに凄いと思うています。

JRの新快速で30分弱の大阪と京都。

ともに関西。

映画は東京ではなく、こっちから始まった。

それは大阪で芽生え、京都で成長し、熟成した。

それでええやん~(笑)。

文化的な議論に加え、ライブもできて楽しかったです。

1月 27

ヤバイ2人組が織りなす大阪活劇コメディー~『破門 ふたりのヤクビョーガミ』

大阪のアウトロー映画。

昨年夏公開の『後妻業の女』に続き、原作が大阪在住の作家、黒川博行の小説。

金に目がくらんだ人間模様といい、毒気のある作風といい、両作のテイストはよく似ている。

こちらはコミカルな活劇娯楽作として観させる。

©2017「破門 ふたりのヤクビョーガミ」製作委員会

©2017「破門 ふたりのヤクビョーガミ」製作委員会

うだつの上がらない建設コンサルタント業の二宮と激情的なヤクザの桑原。

関ジャニ∞の横山裕と佐々木蔵之介が扮する対照的な2人のやり取りが、品がないとはいえ、とにかく面白い。

©2017「破門 ふたりのヤクビョーガミ」製作委員会

©2017「破門 ふたりのヤクビョーガミ」製作委員会

大阪弁による丁々発止の会話の応酬。

何ともリズミカルで、自然とボケとツッコミが生まれ、まるで漫才のよう。

俳優の波長が合っているのもよくわかる。

この2人が映画プロデューサー小清水の映画製作話に乗り、出資金を騙し取られる。

その金を奪取すべく、大阪からマカオへ、そして大阪に戻り、一気呵成に結末へと転がり込む。

小清水役の橋爪功の存在感を際立つ。

©2017「破門 ふたりのヤクビョーガミ」製作委員会

©2017「破門 ふたりのヤクビョーガミ」製作委員会

この人、映画やテレビドラマでは標準語を話す役柄が多いが、根は大阪人。

「べっちょおまへん(別状ない)」とひと昔前の大阪弁をアドリブで使っていた辺りはさすが。

違和感なく映画を観られたのは、ほぼ関西出身の俳優で固めたから。

神戸出身の北川景子が本物の大阪弁を習得するため大阪弁の会話テープを聴いていたという。

これぞプロ根性!

©2017「破門 ふたりのヤクビョーガミ」製作委員会

©2017「破門 ふたりのヤクビョーガミ」製作委員会

小林聖太郎監督も大阪出身だけに、ちょっとした仕草や会話の中に大阪人らしい庶民性を絶妙にかもし出していた。

安定感のある演出を見せ、今や中堅監督の域に達した感がする。

©2017「破門 ふたりのヤクビョーガミ」製作委員会

©2017「破門 ふたりのヤクビョーガミ」製作委員会

全編、大阪色がことさら強調され、映像が火照っていた。

現実にはこんな濃密な大阪は存在しない。

劇画風味とはいえ、もう少しクールさがほしかった。

それにしても裏社会の人間がうごめく大阪の映画の何と多いこと。

格好の場所ということか…………。

だからこそ、大阪を舞台にした滋味深い文芸映画をこれから期待したい。

2時間

★★★(見応えあり)

☆28日から大阪ステーションシティシネマほかで公開

(日本経済新聞夕刊に2017年1月27日に掲載。許可のない転載は禁じます)

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