武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

若者の〈魂の叫び〉を見事、映像化~日本映画『あゝ、荒野』

投稿日:2017年10月7日 更新日:

孤独と不毛の精神風土が宿る大都会の片隅。

そこでもがきながら生き抜く若者の〈魂の叫び〉を映像化した。

青春映画としても、ボクシング映画としても一級の作品に仕上がった。

©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

多彩な分野で自己表現した時代の先駆者、寺山修司(1935~83年)の唯一の長編小説が原作。

脚本も手がけた岸善幸監督が設定を60年代から東京五輪翌年の2021年に変えた。

幼いころ母親に捨てられ、無鉄砲に生きる野生児丸出しの新次(菅田将暉)。

父親の虐待から逃れた、吃音で引っ込み思案の健二(ヤン・イクチュン)。

対照的な2人が運命の糸で引き寄せられ、共にプロボクサーを目指す。

©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

それは心の空白を埋め、生きている証しを体感したいがためだ。

真っすぐでピュアな姿が眩くてたまらない。

©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

リングネームは「新宿新次」と「バリカン健二」。

健二は理髪店で働いているから、そう名付けられた。

©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

映画はそんな彼らに肉迫しながら、新次の母親(木村多江)、恋人(木下あかり)、健二の父親(モロ師岡)ら周りの人物を丁寧に掘り下げる。

みな哀しみを背負っているのが猛烈に切ない。

©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

登場人物の全員が何らかの形でつながっており、まさに群像ドラマの極致。

中でも自殺抑制研究会の存在が何とも不気味に映る。

自分が自分でいるために……。

新次と健二は抜き差しならぬ状況に陥り、リングでの対戦へとなだれ込む。

ドラマが凝縮する後編の中盤から目が離せない。

岸監督の演出は長尺であることを忘れさせるくらい濃密でエネルギッシュだ。

©2017『あゝ、荒野』フィルムパートナーズ

手持ちカメラで撮ったボクシングのシーンも迫力満点。

菅田の予測不可能な動きが物語をグイグイ引っ張る。

韓国人俳優で、監督でもあるヤンの計算し尽くされた演技が忘れ得ぬキャラクターを作り上げた。

「みんな行かないで。ぼくはここにいる。愛してほしい」

ラスト、バリカン健二がリング上で放った言葉が胸に突き刺さる。

凄い映画が誕生した。

前編2時間37分、後編2時間27分。 

★★★★★(今年有数の傑作)

☆前編は7日から、後編は21日からなんばパークスシネマほかで公開

(日本経済新聞夕刊に2017年10月6日に掲載。許可のない転載は禁じます)

-映画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

忘れ得ぬラストシーン~ときめきシネマ・ワールド(12月8日)

忘れ得ぬラストシーン~ときめきシネマ・ワールド(12月8日)

映画の締めとなるラストシーン。   名作といわれる映画は、どれもラストシーンにこだわりを見せています。   極めつけといえば、『第三の男』(1949年)。 ウィーンの中央墓地でカメ …

ジャジャジャジャーン、独断と偏見に基づく今年の映画ベスト10、発表~(^O^)/

ジャジャジャジャーン、独断と偏見に基づく今年の映画ベスト10、発表~(^O^)/

今年も余すところ、あと2週間となりました。 今日現在で、今年観た映画は235本です。 日本映画が100本、外国映画が135本。 この調子だと、例年並みに240本ほどになりそうです。 ベスト10作品の選 …

塚口サンサン劇場を〈裸〉にした本『愛される映画館のつくりかたー塚口サンサン劇場の軌跡と奇跡ー』が刊行されました~!

塚口サンサン劇場を〈裸〉にした本『愛される映画館のつくりかたー塚口サンサン劇場の軌跡と奇跡ー』が刊行されました~!

阪急神戸線塚口駅の南側にある塚口サンサン劇場(兵庫県尼崎市)。 そこは、マサラ上映、爆音上映、コスチューム入場、花火大会などユニークなイベントをどんどん打ち出している、全国的にも注目株の映画館です。 …

日常の尊さを綴った珠玉のイギリス映画『いとしきエブリデイ』

日常の尊さを綴った珠玉のイギリス映画『いとしきエブリデイ』

前説は不要です。 以下の拙文を読んでください~(^o^)v     ☆     ☆     ☆     ☆ 限りなくドキュメンタリーに近いフィクション。 ある一家を独特な手法で5年にわたって追い求めた …

闇の中のぬくもり~ポーランド映画『ソハの地下水道』

闇の中のぬくもり~ポーランド映画『ソハの地下水道』

  Ⓒ 2011 Schmidtz Katze Filmkollektiv GmbH, Studio Filmowe Zebra, Hidden Films Inc. All Rights …

プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。