こういうドラマもありなんや。
新鋭小説家、朝井リョウの原作の面白さもさることながら、映画としても十分、パワーのある作品でした。
ぼくの拙稿をどうぞ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
“主人公”が一切、姿を見せず、それでいて最後まで観させる。
不穏な空気をはらませ、多感な高校生の内面を、登場人物のそれぞれの視点からあぶり出した異色学園ドラマだ。
桐島。バレーボール部で活躍し、成績も優秀なイケメン男子。
この生徒が突然、部活を辞めた。
噂がたちまち校内に広がり、波紋を投げかけていく。
まるで池に小石を落としたように。
ガールフレンドの梨紗(山本美月)、親友の宏樹(東出昌大)、バレー部の部長……。
桐島に近しい人物はもちろんのこと、彼らの周辺にもカメラが迫る。
金曜から火曜までの5日間の物語。
吉田大八監督は初日を執拗に、かつ丁寧に描いた。
視線を変え、同じ場面を何度も映す。
これは尋常ではないぞと思わせる巧みな導入部。
いや、ドラマ全体が巧緻に仕組まれていた。
徐々に浮き彫りにされる人間関係。
組織の中におれば、状況や立場によって見せる顔が異なる。
そこを突いてくる。
各人の立ち位置が物語の核となす。
存在感を際立たせたのが、桐島と最も関わりがない映画部員の前田(神木隆之介)。
8ミリビデオにこだわり、ゾンビ映画を撮り続ける彼の言動が“目立たない者”の矜持として独特な彩を添える。
仲間意識、恋心、嫉妬、憧れ、熱意……。
青春に付き物の感情に歪さと不安定さを与え、心の揺らめきを浮き立たせる。
その基盤になるのが焦燥感である。
桐島とは何者なのだ。
サスペンス色を匂わせ、しかし彼とは関係のない別世界に引きずり込む。
監督の術中にはまった!
全員が一堂に会する屋上のシーンは圧巻だった。
桐島に翻弄される彼らがぼくを振り回した。
謎解きもない。
奇妙な不完全燃焼。
この感触……。
ミヒャエル・ハネケ監督の「白いリボン」(2009年)とよく似ていた。
1時間43分
★★★★
☆8月11日(土)より全国ロードショー
梅田ブルク7、TOHOシネマズなんば、アポロシネマ8、T・ジョイ京都、TOHOシネマズ二条、109シネマズHAT神戸 ほか
(日本経済新聞2012年8月10日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)