武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

異色学園ドラマ~『桐島、部活やめるってよ』

投稿日:2012年8月10日 更新日:

こういうドラマもありなんや。

 

新鋭小説家、朝井リョウの原作の面白さもさることながら、映画としても十分、パワーのある作品でした。

 

ぼくの拙稿をどうぞ。

 

      ☆     ☆     ☆     ☆     ☆

(C)2012「桐島」映画部 (C)朝井リョウ/集英社

 “主人公”が一切、姿を見せず、それでいて最後まで観させる。

 

不穏な空気をはらませ、多感な高校生の内面を、登場人物のそれぞれの視点からあぶり出した異色学園ドラマだ。

 

桐島。バレーボール部で活躍し、成績も優秀なイケメン男子。

 

この生徒が突然、部活を辞めた。

 

噂がたちまち校内に広がり、波紋を投げかけていく。

 

まるで池に小石を落としたように。

 

ガールフレンドの梨紗(山本美月)、親友の宏樹(東出昌大)、バレー部の部長……。

 

桐島に近しい人物はもちろんのこと、彼らの周辺にもカメラが迫る。

 

金曜から火曜までの5日間の物語。

 

吉田大八監督は初日を執拗に、かつ丁寧に描いた。

 

視線を変え、同じ場面を何度も映す。

 

これは尋常ではないぞと思わせる巧みな導入部。

 

いや、ドラマ全体が巧緻に仕組まれていた。

 

徐々に浮き彫りにされる人間関係。

 

組織の中におれば、状況や立場によって見せる顔が異なる。

 

そこを突いてくる。

 

各人の立ち位置が物語の核となす。

 

存在感を際立たせたのが、桐島と最も関わりがない映画部員の前田(神木隆之介)。

 

8ミリビデオにこだわり、ゾンビ映画を撮り続ける彼の言動が“目立たない者”の矜持として独特な彩を添える。

 

仲間意識、恋心、嫉妬、憧れ、熱意……。

(C)2012「桐島」映画部 (C)朝井リョウ/集英社

青春に付き物の感情に歪さと不安定さを与え、心の揺らめきを浮き立たせる。

 

その基盤になるのが焦燥感である。

 

桐島とは何者なのだ。

 

サスペンス色を匂わせ、しかし彼とは関係のない別世界に引きずり込む。

 

監督の術中にはまった!

 

全員が一堂に会する屋上のシーンは圧巻だった。

 

桐島に翻弄される彼らがぼくを振り回した。

 

謎解きもない。

 

奇妙な不完全燃焼。

 

この感触……。

 

ミヒャエル・ハネケ監督の「白いリボン」(2009年)とよく似ていた。

 

1時間43分

 

★★★★

 

☆8月11日(土)より全国ロードショー

梅田ブルク7、TOHOシネマズなんば、アポロシネマ8、T・ジョイ京都、TOHOシネマズ二条、109シネマズHAT神戸 ほか

 

(日本経済新聞2012年8月10日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

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武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。