武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

お酒

スタンダード・カクテルに魅せられて……

投稿日:2011年10月11日 更新日:

ギムレット
かれこれ40年ほど前の学生時代、コンパのあと、2次会で大阪・天王寺のバーへ友人たちと繰り出しました。
当時はビール一辺倒で、洋酒の知識は皆無でした。
止まり木に腰をおろし、いつも通りビールをオーダーしようとしたそのとき、何気なく隣の中年男性が手にするカクテル・グラスに眼が止まりました。
「あれと同じものを」
気がつくと、友人たちがオーダーするよりも早く、ぼくはバーマンに言葉を発していました。
興味本位だったのか、それともカクテルの妖しい色に魅せられたのか……。
すると、バーマンはニヤリとし、こうこたえました。
「ギムレットですね」
わーっ、えらい粋な名前やなぁ。
そんな印象を抱いたのを鮮明に覚えています。
それが、バーでのぼくの“カクテル・デビュー”でした。
ドライジンとライム・ジュースをシェークしただけのものなのに、妙に深みがあり、そのキリッとした口当たりにもうぞっこん。
以降、ギムレットがぼくの定番カクテルになりました。
仕事がうまくいったとき、感動した映画の余韻を味わいたいとき、いい人とめぐり会ったとき、そこにはかならずギムレットがありました。
そうなのだ、なにか充実したとき、このカクテルはぼくの心をさらに満たしてくれるのです。
よくよく考えると、ぼくはスタンダード・カクテルの愛飲家なのかもしれません。
夏場にはシャープなダイキリ、疲れたときには、甘めのサイドカーかジャック・ローズ、締めのお酒にはラスティ・ネール……。
別段意識せずとも、TPOに合わせ、自分の求めるカクテルを決めているような気がします。
しかし不思議と、マティーニはめったにオーダーしません。
銀幕に頻繁に登場し、カクテルの代名詞とも言うべき超メジャーな存在とあって、どうも気が引けるのです。
他人とおなじことをするのが大嫌いという生来の “天邪鬼根性”が多分に影響しているのかもしれませんが……。
好奇心はいたって旺盛。
だから、レシピのみならず、ネーミングにも惹かれ、その店のオリジナル・カクテルをオーダーすることが多々あります。
でも、知らぬ間にスタンダード・カクテルに戻っています。
その理由を探れば、自分の生まれ育った街にふらりと立ち寄った、そんな郷愁が感じられるからでしょうか。
スタンダード・カクテルを口にすると、たしかに落ち着くし、どこか安心感も抱いてしまう。
これまでにカクテルと称されるものは、果たして世界中でどれだけ考案されてきたのでしょうか。
5000や6000ではきかないのでは。
長い年月を経て、自然淘汰された結果、生き残ったのがスタンダード・カクテルだと思います。
最初はみなオリジナル・カクテルだったが、なにかしらの“パワー”を放ちつづけ、不動の地位を築いた。
その“パワー”とは、シンプルさではないかとぼくは思っています。
レシピの面からすれば、余計なものはいっさい加えていない。
きわめて簡素です。
気をてらっておらず、けれん味とは無縁の世界。
要は楚々としてわかりやすい飲み物だということ。
まさにシンプル・イズ・ベスト!
シンプルゆえにしかし、バーマンの技量の差が歴然と表れ、つくり手には、かえって難しいのかもしれません。
ぼくの場合、ギムレットを味わうと、カクテル(あるいは広く洋酒)に対するバーマンの思い入れやこだわりがなんとなく伝わってきます。
それゆえ初めての店では、ギムレットを頼むことが多い。
スタンダード・カクテルといっても、喫茶店のコーヒーと同様、店によって千差万別。
ギムレットなら、どんなジンとライム・ジュースを使うのか、ジュースに隠し味があるのか、砂糖を加えるのか。
さらにシェーキングの方法は?
レシピを知っているだけに、カクテルができ上がるまでのバーマンのお手並みをじっくり拝見できます。
それがまた楽しい。
アメリカのサスペンス作家レイモンド・チャンドラーが生み出した名探偵フィリップ・マーロウは稀代のギムレット党でした。
そこに使われるライム・ジュースはローズ社製のものと決まっています。
昨今、日本ではそのジュースが出まわっていないようですが、店にストックがあり、さり気なくマーロウ好みのギムレットがカウンターに出されたりすると、ぼくは喜びのあまり、唇を湿らす前からほろ酔い気分に浸ってしまいます。
オリジナル・カクテルのなかには、スタンダードの亜流のようなものが少なくありません。
007ことジェームズ・ボンドがお気に入りのボンド・マティーニ(ウォッカ・ベースで、シェークしたマティーニ)はその典型例ですが、“007パワー”によって、スタンダード・カクテルにまでのぼり詰めました。
ボンドがカッコよくそのカクテルを味わう姿を眼にするたびに、よほど男を磨かないと、飲めやしないぞといつも思ってしまいます。
「ボンド・マティーニを」
ちょっぴり気取って、バーマンにこう言える日は、いったいいつになることやら……。

-お酒

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プロフィール

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武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。