武部好伸公式Blog/酒と映画と旅の日々

ケルト文化に魅せられ、世界中を旅するエッセイスト・作家、武部好伸。映画と音楽をこよなく愛する“酒好き”男の日記。

映画

瀬戸内寂聴の半自伝的小説の映画化~『夏の終り』

投稿日:2013年8月27日 更新日:

(C)2012年 映画「夏の終り」製作委員会

涼しくなったと喜んでいたら、昼前から気温が上がってきました。

それでも一時の酷暑を思えば、楽チン、楽チン~(^o^)v

そろそろ夏が終わるんやと勝手に思い込んでいます。

まさにタイムリーな題名の映画が公開されます。

『夏の終り』

その映画についての拙文です。
     ☆     ☆     ☆     ☆

文芸作品の馥郁たる香りが全編を覆う。

その中で繰り広げられる男女の愛憎劇。

流れに身を委ねながらも、新たな世界へと羽ばたく1人の女性の決意を丹念に紡いでいく。

原作は瀬戸内寂聴が40歳の時に編んだ、半ば自伝的同名小説で、代表作でもある。

それを熊切和嘉監督が鋭い感性を生かして銀幕に映し出した。

妻子のいる年上の売れない作家、慎吾(小林薫)とかつて駆け落ちした相手の亮太(網野剛)。

染色家の知子(満島ひかり)は2人の男の間で揺れ動く。

慎吾は寛容さと優しさだけがとりえの男。

飄々としたところにずるさと哀しみを匂わせる。

年下の亮太はヨリを戻したことで、一途に和子を求める。

両者の温度差が映画の軸となる。
はっきり言って、どろどろした恋愛ドラマである。

それが途中から様相が変わる。

主人公が自分の生き方を見据え、転身を図るのだ。

「息苦しい!」と叫び、染めた布地を破るシーンにそれが集約されていた。

構図といい色彩といい、完ぺき。

居心地の良さがかえって自分を締め付け、そこから脱却しようと思い立った瞬間である。

慎吾の妻から電話がかかり、和子が緊張した面持ちで受話器を手にする場面も秀逸だった。

あえて覗き見しているようにぼかし気味に撮ったことで、見えないはずの妻の顔をイメージさせ、同時に彼女の心象を見事にあぶり出していた。

小津安二郎を参考にしたであろうローアングルと長回しが随所に生かされている。

ややくすんだ、それでいて味わいのあるシックな色調が昭和30年代のどこか澱んだ空気を映像に落とし込んだ。

『海炭市叙景』(2010年)で文芸映画に対する確かな演出力を見せた熊切監督。

本作でさらに技量がアップした。

満島の情感的な演技も評価したい。

1時間54分

★★★★(見逃せない)

☆31日から大阪・テアトル梅田ほかで公開

(日本経済新聞2013年8月23日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)

-映画

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

リーガロイヤルホテルの映画講座~『シネマへの誘い』

リーガロイヤルホテルの映画講座~『シネマへの誘い』

気がつけば、師走も半分ほど経過しています。 この調子だと、あっと言う間にクリスマスからお正月になだれ込んでいきそうです。 そんな気ぜわしい中、ちょっと浮世離れして映画のお話でもいかがですか。 大阪・中 …

『借りぐらしのアリエッティ』~つれづれなるままに

『借りぐらしのアリエッティ』~つれづれなるままに

©2010 GNDHDDTW スタジオジブリの最新作は、とても“観心地”の良いアニメでした。 宮崎駿さんが企画と脚本、米林宏昌さん(37)が初監督として演出しました。 7月はじめに試写で観て …

学生たちの手応え十分!!~関西大学社会学部の講義『メディア史』

学生たちの手応え十分!!~関西大学社会学部の講義『メディア史』

インドから帰って来て2日後の5月31日、関西大学社会学部メディア専攻の講座「メディア史」(2限)に登壇しました。 『日本の初期映画史~大阪と映画』 こんな演題で、映画がいかにして日本に入ってきたのか、 …

迫力満点! ドイツの山岳映画『アイガー北壁』~

迫力満点! ドイツの山岳映画『アイガー北壁』~

(c) 2008 Dor Film-West, MedienKontor Movie, Dor Film, Triluna Film, Bayerischer Rundfunk, ARD/Degeto …

普通の青春純愛映画とひと味、いや、ふた味もちがう『半分の月がのぼる空』

普通の青春純愛映画とひと味、いや、ふた味もちがう『半分の月がのぼる空』

きょうは大学(関西大学社会学部マス・コニュニケーション学専攻)の先生方との懇親会のあと、オープン7周年を迎えた大阪・キタのバーにほんとうに久しぶりに立ち寄り、ひじょうに心地よい時間を味わえました。 ほ …

プロフィール

プロフィール
武部好伸(タケベ・ヨシノブ)
1954年、大阪生まれ。大阪大学文学部美学科卒。元読売新聞大阪本社記者。映画、ケルト文化、洋酒をテーマに執筆活動に励む。日本ペンクラブ会員。関西大学非常勤講師。