なぜか、『アラビアのロレンス』。
某雑誌に寄稿した拙文です。
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スペクタクル映画といえば、真っ先に『ベン・ハー』(1959年)や『グラディエーター』(2000年)など古代ローマの物語を思い浮かべるが、現代史となれば、やはり『アラビアのロレンス』(62年)を置いて他にはないだろう。
イギリス映画界の巨匠デヴィッド・リーン監督の代表作。
半世紀前の作品だが、横長の70ミリで撮られた迫力満点の映像は今でも全く古さを感じさせない。
壮大な砂漠の向こうからじわじわと昇る太陽、影絵のようなラクダのシルエット、目に痛いほどの蒼い海……。
うならされるシーンが散りばめられていた。
中でも、このショットは極め付き。
蜃気楼か陽炎か、揺らめく大気のはるか彼方にとらえた黒い点が次第に大きくなり、やがてラクダに乗った人物であることがわかってくる。
3分間、超ロングで収めた映像。
酔わされた。
トーマス・エドワード・ロレンス。
第1次大戦中、アラビアで活躍したイギリス軍将校の半生を描く。
ぼくは高校生の時に初めてこの映画を観たが、20世紀初めの世界情勢をあまり知らなかったので、よくわからなかった。
これこそ時代背景を把握しておく方がいい映画だと思う。
当時、アラビア半島の西部はオスマン=トルコ帝国(トルコ)に支配されていた。
イギリスは、敵対するドイツ、オーストリアと同盟するトルコをかく乱すべく、独立をめざすアラブ民族に反乱を起こさせた。
いわゆるアラブ独立闘争。
それを画策したのがロレンスだった。
大英帝国の威信を背負ってアラビアへ派遣された彼は現地の空気に溶け込んでいく。
軍服を脱ぎ捨て、民族衣装に身を包み、すっかりアラブ人になったロレンスは砂漠の民の心をつかみ、反乱軍を組織し、奇抜なゲリラ戦で次々とトルコ軍を撃破する。
クライマックスシーンにもなった港湾都市アカバの奇襲攻撃は圧巻だった。
気がつけば、ロレンスは英雄に祭り上げられていた。
そこまでのプロセスを描いたのが第1部。
第2部は一転、トーンが変わる。
大戦後、中東情勢は混乱を極め、彼が思い描いていた世界とは程遠くなっていた。
口を挟むと、イギリス軍からもアラブ人からも邪険にされ、失意の内にアラビアから去っていく。
この時の英仏の利権がらみの取り決めが今日のパレスチナ問題につながる。
裏切り、思惑、野心、駆け引き……。
ロレンスはまだ純真さを持っていたとはいえ、彼を取り巻く人物はみな何かしら胡散臭さを匂わせていた。
大自然の中ではそういう人間の存在と邪心なんて実にちっぽけなもの。
リーン監督はそれを際立たせるため、人物をアリのように小さく写し、至近距離ではカメラで舐めまわすように心象風景を映した。
砂漠を舞台にした人間の葛藤の凄まじさ。
それが『アラビアのロレンス』のテーマだと思う。
生涯独身を通したロレンス。
いまだに評価が定まらない。
実際は身長が165センチの小男だったが、188センチの長身俳優ピーター・オトゥールが演じたことによって、ロレンス像が決定づけられた。
退役後、オートバイの転倒事故であっけなく世を去る。
享年46。
忘れがたい冒頭シーンだった。
砂漠に散った哀しきヒーロー~『アラビアのロレンス』
投稿日:2012年5月24日 更新日:
執筆者:admin