この映画に漂う緊張感がすごい。
参りました!
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大富豪によるレスリング五輪金メダリストの射殺事件。
1996年に実際に起きた驚愕すべき出来事の真相に迫る。
心の軋みにメスを入れたミステリー風味の映像と俳優の渾身の演技が一級のドラマを生み出した。
ベネット・ミラー監督は、『カポーティ』(2005年)と『マネーボール』(11年)で実在した(する)人物の内面を掘り下げ、米国社会の一断面を浮き彫りにした。
本作も同じスタンスを貫く。
レスリングにのめり込むデュポン財閥の御曹司ジョン(スティーヴ・カレル)。
この男がロス五輪で金メダルを取ったマーク(チャニング・テイタム)を誘い、強化チーム「フォックスキャッチャー」を結成する。
狙いはソウル五輪の制覇だ。
あり余る金を道楽に注ぎ込む日常に清貧な生活を送ってきたマークが吸い寄せられていく。
そこに彼の実兄で、同じ金メダル保持者のデイヴ(マーク・ラフィロ)がコーチ役で絡む。
鳥類学者、慈善家、武器マニア、愛国者と色んな顔を持ちながら、孤独で変人ぶりを見せるジョン。
精神的に脆弱なマーク。
良き家庭人で、包容力のあるデイヴ。
彼ら3人の歯車がじわじわと狂っていく……。
「ストーリーの奥で何が起こっているのか感じてもらえるような作り方をしている」
監督の言葉通り、濃厚な取材に基づき、ひたすら事実を検証している。
物語の基盤になるのが三者の心理状況だ。
みなコミュニケーションが苦手で、何らかの呪縛と抑圧に苛まれている。
やがて心性が屈折し、悲劇へと導く。
3人の俳優から放たれる緊張感が尋常ではない。
役作りに凄まじいエネルギーを注いだのがわかる。
とりわけジョン役のカレルが出色。
哀れで不気味なキャラクターを表出させた。
一筋縄では捉えられない人間の芯の部分を沈黙の中で掴み取った。
娯楽色はないが、十二分に観させる。
2時間15分
★★★★(見逃せない)
☆2/14(土)公開 大阪ステーションシティシネマ他全国ロードショー
(日本経済新聞2015年2月13日夕刊『シネマ万華鏡』。ブログへの掲載を許諾済み。無断転載禁止)